第三話
「喫茶」
今日は目立つ失敗も無く、午前中の仕事を終えた。
一つ言うならば、眠い。
昨日のライブが終わったのが午後11時。
それから打ち上げをして、1時半。
家に帰って2時。
風呂に入り、少しボーっとして、布団に入ったのが3時だった。
ライブは大成功、とは言えなかったが、成功だった。
何故大成功では無いのか。
「客が満員じゃなければ大成功とは言えない。」
とタカシが言っていたからだ。
でも、楽しかった。
僕の歌う歌に合わせて客が飛んだり踊ったり、
一緒になって歌ったり。
思い出して、興奮して、結局寝たのは4時だった。
川辺で煙草をふかしていると、松田が来た。
「毎日ここ来てるの?」
「うん。」
「いいね、ここ。」
「風が気持ち良いんだ。」
「ほんと。」
松田は目を閉じて言った。
「昨日、遅くまで起きてたんだね。」
「あ、うん。用事終わった後呑みに行ったから。遅くにメールしてゴメン。」
「ううん。全然。用事って彼女?」
松田はニヤッと笑った。
「いや、そんなん居ないし。」
「またまた。彼女なんでしょ?」
と、しつこい。
「違うってば。」
少し強く言うと、
「じゃ、何?」
「え?」
僕は黙った。言い辛い。
僕が音楽をしている事は会社の人間は誰も知らない。
別に言う事でも無いし、何か言い辛い。
何故か、少し恥ずかしいと言うか、照れる様な感じがしたからだ。
黙っている僕を見て、松田は
「やっぱり彼女か。」
と言った。
またニヤッとしている。
もういいよ。
「もういいよ。」
松田は笑った。
「ごめんごめん。言い難いならいいや。」
会社に戻ろうとすると、
「今日はその用事無いの?」
「うん。」
「じゃ、行こう。明日は日曜だし。」
「そういやもう週末かぁ。」
僕等は会社に戻った。
仕事が終わり、松田の案内で電車に乗り、喫茶店に向かった。
松田のお勧めの喫茶店とは、「ARTER」だった。
少し驚いた。
「ARTER」とは、「TREE STAGE」の目の前にある喫茶店だ。
何度かランチを食べた事がある。
「甘い物好きだったよね?」
松田がメニューを見ながら尋ねる。
「よく知ってるね。」
「前に言ってたじゃん。」
「そうだっけ?」
「もう、あ、山下くん、何か言ってた?」
山下とはあまり話さないが、席が近いので、話し声なら聞こえた。
「松田さんのメールが短いとか、あんまり返してくれないとか…。」
僕は恐る恐る松田の顔を見た。
松田は疲れ切った顔をした。
「あァーーーーーー…実はあんまり好きじゃないんだよね、山下君。」
僕は少し可笑しくなった。
「僕も。」
笑いながら正直に言うと、松田も笑った。
「あはは。合いそうに無いもんね。」
「わかる?」
それから仕事や会社や上司の愚痴を言い合って、
最近の流行について、みたいな話を少しして、
そして店を出た。
店を出ると、「TREE STAGE」からトオルが出て来た。
次のライブもここでするので、今日打ち合わせに行くと、
昨日言っていたじゃないか。忘れていた。
トオルは僕を見ると微笑みかけてきた。
「おう、アキ。何?彼女?」
「会社の友達。」
「ほんとかぁ?まぁいいや。俺これからバイトだから。…でも昨日のライブは最高だったな。」
トオルは思い出しながら笑って言った。
「じゃ、またな。」
トオルは行った。僕の胸の鼓動は速くなるばかり。
別に知られても良いのだが、出来ればあまり知られたくなかった。
「TREE STAGE」を離れ、駅へ向かう。
松田は目を輝かせて言った。
「坂下くんライブ行くの!?」
…少し勘違いしている。
でも、「うん。」と答えると
「じゃ、来週の日曜日行かない?」
「…ごめん。」
来週の日曜日。
ちょうどその日に僕はライブをするのだった。
「…用事?」
「ごめん。松田さんは行くの?」
「うん。楽しみにしてたから。さっきの『TREE STAGE』であるんだ。」
「ごめんね。他の奴誘って?」
そして僕等はそれぞれ家に帰った。
来週、松田が見に来る。
…どうしよ…。
悩みながら、家へ向かった。
電車に揺られ、月を見上げ、夜道をひた歩いた。
病欠…
無理だろうなぁ。