第四話

「日曜」

会社はつまらない。

つまらない上司、つまらない仕事。

つまらない。

デスクに向かい、キーボードを叩いていると、山下が来た。

「今度の日曜だけど、夕食、どう?」
まただ。

昨日の日曜日に何通メールが来た事か。
それなのにまるで今始めて誘うかの様に言って来る。

あたしは少し、からかってみる事にした。
後で思った事は、

やめておけば良かった。

「今度の日曜は駄目なんだ。ごめん。ライブに行くから。」
「え?誰の?」
「えっと…」
あたしは一度頭の中でそのバンドの名前を呟いた。
実はよく知らないバンドだった。
まだCDを出していなくて、口コミで人気が出たバンド。
最近注目のバンドと言う事で、雑誌の隅に載っていたのだった。

そんなバンド、「AiR-style」

「Air-styleってバンドがメインのイベントで、他にも色々出るけど。」
まず、知らないだろう。あたしだって最近知ったんだ。
「聞かないなぁ。オリコンは大体チェックしてるんだけど…。」

祖母が死ぬ間際に残した言葉が、
「オリコンをチェックする男にロクな奴は居ない。」
だったと、あたしの孫は言うだろう。

「まぁそういう事だからごめんね。」
「チケットはもう買っちゃった?」
「うん。ほら。」
あたしは財布を出してチケットを見せた。

なんて迂闊。

「あれ?2枚あるじゃん。」
なんて事。財布からしっかりと2枚のチケットが顔を出してる。
姉と行こうと思い、2枚買ったのだが、姉はあたしより彼氏を取った。
「誰かと一緒に?」
「え?ううん。あまっちゃって…。」
嗚呼、正直者のあたしに幸あれ。本当に。
「じゃ、良いかな?」
「合わないと思うよ?」
「大丈夫だよ。松田さんの好きな音楽なら。」
あたしは渋々チケットを渡し、2500円を受け取った。
「安いね。」の言葉が妙に気に入らなかった。


こうして、山下と一緒に行く事になった。
まぁ、ライブ中はそんな事関係無いだろう。
あんなに込み合っているんだから。
それに乗じて消えてしまえば良い。

あたしってワルじゃない?なんて。

昼休み、坂下くんの居る川辺に足を運んだ。
やっぱり今日も居た。
休み時間の坂下くんは本当に「休んでいる」と言う感じがして、凄く落ち着く。

「最近よく来るなぁ。」
少しピントのズレた言い方が面白い。
「何かここ、気に入って。」
「そりゃぁ、良かった。」
「坂下くん、日曜日は何があるの?」
唐突過ぎた?
「え?」
坂下くんは少し戸惑った。
「お陰で山下君と一緒にライブ行く事になったんだよ?」
少し怒った様に言うと、坂下くんは焦った。
かわい。
「あーーー…うん。」
「いや、うんじゃなくて。」
「ごめん。」
坂下くんは落ち着かない様子。
あたしが山下と行く事に?
なんてね。
「じゃ、行くのやめたら?」
坂下くんは突然言い出した。
「それは嫌。楽しみなライブだもん。」
「そっかぁ…。」
山下の事よりライブ自体を指す言い方だった。
「ライブに行って欲しくないの?」
「いや…。」
「そう言う女は嫌い?」
あたしは笑った。
「いや、それは全然良いよ。」

じゃあ何が?
「じゃあ何が?」

「…ううん。何でも無い。楽しんでってね?」
「うん。」
あたしは立ち上がり、会社へ向かい歩き出した。
またつまらない仕事を続ける為に。

でも、やっぱり坂下くんは面白い。
「楽しんでってね。」なんて、坂下君がライブをするんじゃないんだから。
まるで主催者みたいな言い方。

ピントのズレた会話。
簡単に肩の力を抜ける存在。
やっぱり坂下くんは面白いなぁ。

今日を除いて、後5日間。
つまらない仕事はループの様。
つまらない山下の相手をしながら、つまらない仕事。
まるで螺旋。

でも、そう思っていても、過ぎてしまうとあっと言う間だったりする。

思えば全てはこの日曜から始まったんだ。
ね?アキ。