第七話

「反応」

朝、会社に行くと、周りの人が皆遠巻きに僕を見て、
なにやらヒソヒソと話している…。
僕を指差し、目が合うとそそくさと逃げる同僚達。


なんて事は無かった。


いつも通りの会社。いつも通りの同僚。


廊下の向こうから、山下が走って来る。
「坂下!!」
肩をガッシリと掴まれる。

僕は驚いて、目を丸くしていた。
「感動したよ!昨日!!お前凄かったんだな!!」
「ちょッ…そんなデカイ声で…。」
周りの人が見てる。
「ああ、悪い。喫煙室行こうか。」
山下は急かす様に僕の背中を押した。

喫煙室は、僕等の他には誰も居なかった。
「マジで感動した。俺、今まであんな音楽聴いた事無かったからさ。」
山下は恥ずかしそうに頭を掻いた。
僕は素直に笑う。
「ありがとう。嬉しいよ。」
「CD出すんだろ?絶対買うよ。」
「ああ。ありがたい。」
「何で今まで黙ってたんだよ?」
「何か恥ずかしくて…。」
山下は笑う。
「お前らしいよ。会社的にもあんまり良くないだろうしな。」

え?そうなの?
「え?そうなの?」

「そりゃそうだろ。副業一切禁止だろ?ウチの会社。バイトも駄目なのに。」
「副業じゃないだろ?」
「CD出して儲けるんだから副業だろ?」

…。確かに。
まぁ、考えない事にしよう。

喫煙室を出て、事務所の方へ向かう。
事務所に入ると、松田と目が合った。
松田は無言で笑って見せた。

朝礼が終わり、仕事が始まる。
やっぱり僕は山下が苦手だ。

松田が僕にお茶を煎れてくれた。
「え?どうしたの?」
僕は松田を見上げる。
松田はただ黙って笑うだけだった。

僕は松田や他の、女の同僚に、お茶は要らないと言ってある。
お茶汲みなんて、そんな職業は無い。
女の人は女の人にしか出来ない様な仕事がある筈だ。
どうしても男が優位に立つ様に出来ている日本の社会。

冗談じゃない。

僕にお茶を汲む時間で、他の仕事を片付けてくれ、と言ってある。
お茶が欲しかったら、自分で煎れれば良いんだよ。

松田は笑って言う。
「感謝の気持ち。」
僕は頭を掻いた。
「ありがと…。」

事務的な仕事を続け、書類を何枚か提出し、昼休みになる。

会社の近くのラーメン屋で昼食を済ませ、
いつもの川辺に行くと、松田が座っていた。

「本当に気に入ったみたいだね。」
言うと、
「うん。でももうじき暑くなるからどうしよう。」
笑って答えた。
僕は松田の隣に腰を下ろし、煙草に火を点けた。
「昨日、ライブ終わってから、坂下くんに逢いたくて待ってたんだけど、逢えなかったね。」
「そうなんだ。ごめん。機材の片付けとか手伝ってたからね。
その後は打ち上げもあったし…。メールしてくれれば少し顔出したのに。」
「ううん。邪魔したくなかったからこれで良いよ。」

5月ももう終わろうとしている。
日差しは暖かく僕等を照らし、梅雨の気配など微塵も見せない。

「CD、出るって言ってたね。シングル?」
「うん。一応3曲入りのマキシを出そうと思ってる。」
「アルバム出せば良いのに。」
「お金が無くてね。働いてるのは俺だけだし、俺も儲けてないしね。」
「他の二人は学生?」
「うん。専門学校。」
「そっか。大変だね。」
「まぁ、何とかやってるよ。」

お互い、核心には触れず、表面の会話を続けている。

「次のライブはいつ?」
「次は来月。CD出す前にもう一回やる予定。」
「絶対行くから。」
松田はピースした。
僕は笑って
「じゃあV.I.P.待遇で招待するよ。」
松田も笑って
「宜しく。」

もうすぐ1時。昼休みはあっという間に過ぎてしまう。
「そろそろ行こうか。」
「うん。」
僕が立ち上がると、
「今夜、御飯食べに行かない?」
「うん。良いけど?」
「よし、決まり。色々話聞きたいから。」

僕等は会社に戻り、仕事を続けた。

松田も少し苦手かなァ…?
良い人なんだけど、誘われると断りづらいんだよね。
いや、別に断る気は無いんだけど。

松田って、何処か人を引き込む力があるな。
そんな雰囲気。