第十話

「カタカタン」

「ふーッ。」
僕の口から吐き出された煙は真っ白で、控え室の天井目掛け揺れている。
この煙が体に悪いなんて思えない。
それ程に、綺麗で、鮮やかだ。

トオルはカタカタと音を立てて、スティックで机を叩いている。
タカシはウォークマンを聴きながら足でリズムを取っている。

「SOUND HOME WAVE」

会社から電車で、家とは逆方向に三つ先の駅を降り、駅通りから車で約15分。
このライブハウスがある。

CDの発売を記念して、レコード会社が協力してくれて、格安で使える事になった。

カタカタカタタン、カタカタカタタン…。

「そう言えば今日何やるか決めたの?」
トオルは顔を上げて呟いた。
タカシには聞こえてていない。
僕はタカシに手で合図する。
「ん?」
ウォークマンを片方だけ外し、タカシが顔を上げる。
「今日、何やるの?」
今度は僕が聞いた。

今日はどの曲を、どういう風に、どんな順番で演るか、決めてない。
演奏する曲をライブの直前に決める事は、よくあった。
P.A.のトシくんや、DJのコウキは昔からの知り合いだし、
AiR-styleの曲は全て解っていたから、だからこそ成り立つ我侭だ。

少し考えてから、タカシは言った。
「まずは『SUGAR SONG』だな。一発目に。」
「SUGAR SONG」は、CDの一曲目に入っている曲だ。
「それから?」
トオルのリズムは「SUGAR SONG」に変わっていた。
タカシは目を瞑った。

タカシはライブで何か決める時、頭の中でライブをイメージして決める。
「チーチーチーチー、」
タカシの口から破裂音と共に空気が漏れる。
ハイハットの音を口で出している。

タカシは少し口ずさんでから一気に並べた。
「〜…『Rain』、『Second Story』、『CHANGING』…で、『Line Over』かな。」

カタンカタタタ、タンタンカタタン、カタカタカタカタカタ、タン、タン、カタン。

「へぇ…。」
トオルは次々とリズムを変える。
「『SUGAR』、『Rain』で間を空けてから、『Second』、『CHANGING』と2曲続けて、んで、『Line』の前にまた間を入れる。」
タカシはライブの構成が上手い。

『SUGAR SONG』は激しく、メロディック。『Rain』はミドルテンポ。
その後2曲激しく、そして『Line Over』というバラードで急激に落とす。

「最後はやっぱ『Circle』?」

「うん、外せないな。でも、今日はアンコールでやろう。今日の最後は『4s』と『wordic』を続けて行こう。」
この2曲も、CDに入っている。カップリングの曲だ。

タカシの案を元に、もう一度3人で話し合い、結局合計で10曲にした。

開演6時間前。

「おつ様〜。」
コウキが入って来た。
手にはコンビニのビニール袋。
「ハイ、差し入れ。」
「おー、わりーわりー。」
中にはミネラルウォーターが10本、いろんな種類のおにぎりが10個、入っていた。

おにぎりを頬張りながらタカシが喋る。
「こう、おばえの゛、かおぞ…。」
「はぁ?」
おにぎりを飲み込む。
「割り。今日お前の彼女来るんだろ?」
「ウソォ!?」
トオルとコウキは大声で叫んだ。
「だからちーがーう。会社の同僚だよ。」
「一人?」
トオル。
「いや、男一人に女二人。」
「マジ?打ち上げ呼ぼうぜ?」
タカシ。
「えー?」
「じゃあメグも連れて来て良い?」
トオルは嬉しそうに言った。
「OK、OK。友達連れて来いって言っといて?」
この4人の中で彼女が居るのはトオルだけだ。

「リハやるよー?」
P.A.のトシくんが顔を出した。
僕等は立ち上がる。
「うっわ、燃えて来たー。」
タカシ。
「ばーか。」
僕。
「あ、トシくん、これ今日の品揃えね。」
「フルコースじゃん。やるねぇタカシ。」
「さぁてぇ、気合入れてけぇ〜?」
コウキが背中を押す。

まだ目覚めぬステージが、空気を冷やし、僕等を待っていた。

キィーン…。
ハウリングを連れて、タカシが口を開く。

「今日は初のワンマンラーイブ!マイクチェクオケィ?エスタ燃えてマース!!」
笑いながらのリハ一曲目。