第十二話
「肩」
流れて来たのはゴダイゴの「モンキー・マジック」。
今まで流れていたBGMとは違い、いきなりの大音量。
会場は一気に熱を持つ。
出て来た。AiR-style。
タカシくんが坂下くんとトオルくんに大きな声で何か言ってる。
坂下くんとトオルくんは楽しそうに笑いながら、タカシくんにOKサインを出す。
3人がそれぞれ位置に着く。
トオルくんがスティックを打ち鳴らす。
1,2,3,4…
ギター、ベース、ドラムが一斉にアタック。
ダンダダンダン、ダンダダンダン…
新しい曲だろうか…?聞いた事の無い曲。
ずっと、同じ音を繰り返す。
会場の観客達は、飛び跳ね、踊り、まるで人の波の様。
タカシくんが観客に近寄る。
ダンダダンダン、ダンダダンダン…。
音と音の間で、観客は掛け声を上げるようになる。
坂下くんが、タカシくんが、トオルくんが、笑ってる。
タカシくんは元に位置に戻る。
トオルくんがシンバルを一つ鳴らす。
そして、坂下くんとタカシくんがマイクに近寄る。
ダンダダンダン(オイ!!)ダンダダンダン、
ああ渚のシンドバッド!!
会場は大歓声。
あたしは思わず噴出した。
よりによってピンクレディー?
今日はレコード会社のお偉いさんも来てるのに…。
なんて自由なんだろう。
テンポの早い渚のシンドバッドに合わせて、観客も一緒に歌う。
あたしも、一階で一緒に暴れたい欲望。
楽しそうに歌う坂下くん、高いキーも苦しい表情一つ見せない。
もしかしたら、あたしよりも高い声が出るのかも。
渚のシンドバッドが終わると、
「どうもこんばんわ〜!ピンクレディーで〜す!!」
タカシくんが右手を挙げて挨拶。
観客から笑いが溢れる。
「今夜は来てくれてありがとうございます!!3人で一生懸命頑張ります。」
ワーッ!!と、観客は声を上げる。
坂下くんはお辞儀している。面白い。
「さてっ!今日のライブは特別なんですよ〜?何でか分かる?」
誰かが、「おめでとう〜!」と叫ぶ。
「どーもどもども、そう、AiR-style、1stシングル発売!!」
ドラムが鳴る。
観客は声を張り上げ喜びを分かち合う。
口々に「おめでとう」と叫ぶ。
「1stシングル、その名も…?」
タカシくんが観客を見ながら笑う。
観客は大声で叫ぶ。
「SUGAR SONG〜!!」
途端に、シンバルが打ち鳴らされる。
メロディックなギターサウンド。
ベースの低音、激しいドラム。
観客は歓声を上げ、飛び跳ねる!!
流れるようなボーカルライン、ネイティヴを思わせるその発音。
タカシくんは飛び跳ねている。
なんて楽しそう。
羨ましくなる。妬ましいとさえ感じる。
ギターソロではタカシくんはステージの真中に立ち、堂々とした姿。
さっき控え室に居た人と同じ人なんて思えない。
ふと隣を見る…。
輝かせた目をステージに向ける後輩。
ユミ、誰かに惚れた…?
まさかタカシくん!?
ユミは心なしか涙目になっている。
「SUGAR SONG」が終わると、続けて2曲目に入った。
急にテンポが落ちる。
ミドルテンポのこの曲は、「Rain」、前のライブで凄く好きになった曲。
時折激しく歌う坂下くんの声に、雨音のイメージが重なる。
「Rain」が終わると、MCが入った。
「今日はねぇ、良い物があるんだ〜。」
タカシくんがギターを鳴らしながら言う。
観客は「何〜?」と、叫んでる。
タカシくんは嬉しそうに続ける。
「こんな物が出来ました!どうもありがとう!!」
するとトオル君の頭の上で一枚の布が広がった。
さっき見た、AiR-styleのシンボル。
白い布に、大きく描かれたロゴ。
観客の歓声は大きくなるばかり。
ユミがあたしの左肩を叩く。
「ん?」
あたしの耳に口を近づける。
「坂下さんってカッコイイね。」
「え…?」
「Second story!!」
タカシくんが叫ぶと、トオルくんがドラムを打ち鳴らした。
ビート。
この表現が一番正しいと思う。
初めて聴く曲だけど、もう好きになりそう。
爽快な疾走感、クリアな声。
この3人が、この会場の空気を支配し、司っている。
でも、あたしの頭の中、さっきのユミの言葉でいっぱい。
ユミは、坂下くんに惚れたの?
何でこんなに気になるんだろう…。
――坂下くん、好きなんでしょ?――
――絶対あんたは坂下くんが好き。――
――あんたが男褒めるのって好きな人くらいだもん。――
以前ユミが言っていた言葉が頭の中、反芻する。
ユミはこうも言っていた。
――じゃああたしが坂下くん貰っても良いの?――
ユミは本当に坂下くんが好きなんだろうか…?
あたしは、どうしてこんなに気にしてしまうんだろうか…?
ユミに聞いて、はっきりさせたかったけど、大音量の中、不可能だった。
そして皮肉にも、間髪入れずに次の曲が始まった。
「俺達は日々進化する!!CHANGING!!」
この曲、知ってる。
坂下くんのベースソロが凄くかっこいい曲。
ユミは楽しそうにステージを見つめている。
その視線の先に居るのは、坂下くんなの?
坂下くんに興味はあったけど、それは恋愛感情では無いと思っていた。
それは今も同じ。
別に坂下くんの彼女になりたいとか、そんな事思わない。
何がこんなにあたしを焦らせるのか?
熱気に頭がボーっとする。
そして、「CHANGING」が終わった。
観客の声援が止むと、あたしはユミの肩を叩いた。
「ねぇ、坂下くんの事好きなの…?」