第十三話

「自覚」

ユミは笑っている。

ねぇ、どうなの?
「ねぇ、どうなの?」

「あはは、何心配してんの?大丈夫。ただカッコイイって思っただけ。恋愛感情は無いよ。」

あたしの身体から力が抜けていくのが分かった。
知らない内に、身体が緊張していたのだ。

良かった。

あたしは確かにそう感じた。
あたしは、不安だったんだ。

今、初めて自覚した。

あたし、坂下くんが好き。
「あたし、坂下くんが好き。」

「えっ…?」

タカシくんが優しく呟いた。
「人は誰でも越えなければならない一線があるんだよね。」

クリアなギターサウンド。
凛と鳴る幾つかのシンバル。

今度はユミが曲に集中出来ない番。
あたしは腹の底から笑いたかった。

そうか、ユミの言った通りだったんだ。
なんだ、ユミの言った通りだったんだ。

坂下くんは優しく歌う。
沢山のライトに照らされて、楽器たちが光を放つ。

解ってしまえば単純な事。
あたしは純粋に音を楽しむ。

越えなければならない一線を、あたしは越えた。

まだ、あたしの恋愛は始まったばかりだけど、
歌う坂下くんは、何も知らないだろうけれど、
あたし、線を越えたよ。

頭の中で、イメージが広がる。
白いラインを軽やかに飛び越える自分。

曲が終わり、観客の声も、あたしへの声援に思える。
ユミがあたしの肩を叩く。
「あんたねぇ…」
「ん?」
あたしの顔は満面の笑み。
だって嬉しいんだから。仕方無い。
だって気付いてしまったんだから仕方無い。
「遅過ぎ。気付くの。」
ユミは呆れて笑った。
あたしも笑った。本当に、呆れてしまう。
「だね。」

それから2曲、聴いた事の無い曲を続け、観客も、AiR-styleも、
会場全体が熱の渦を作っていた。

「次の曲は、SUGAR SONGのカップリング、4Sって曲です。」
タカシくんは指を4本立てた。
「じゃあ皆さん、この曲の素晴らしさをアキに説明してもらいましょう。」
観客はワーッと沸き上がった。
坂下くんは戸惑った表情。諦めて、マイクに近寄る。
「えっと、この曲は、数少ない日本語の曲なんですけど、えっと、
目を閉じてこの世界の色んな事を考えるんだけど、えー、4秒経って、
目を開けてみても、結局世界は変わってないんだけど、でも、
自分自身は、少しだけ、何処かが変わったかな?って感じ。
そんな曲なんですけど〜…とにかく聴いたらいいと思います。」
会場が笑いに包まれる。
坂下くんも、照れ笑い。
「とにかく聞いたらいいってお前、そりゃ聴いてくれるでしょ。何の為に来てんだよ。」
タカシくんが笑う。
「百聞は一見に如かずって言うだろ?」
坂下くんは恥ずかしいのか、観客の方を成るべく見ない様に、
タカシくんばかり見ている。
「一見って。何見るんだよ?」
「あ、じゃあ一聴で。」
また笑う。

坂下くんの空気は、やっぱり、どこか柔らかい感じがして好きだ。

「とにかく行くかぁ。じゃ、聴いて下さい。4S…」
ミュートしたギターの音、勢いを乗せるバスドラム。
少し高いベースの音。

坂下くんはかすれた声で歌い出す。
サウンドは激しいけれど、なぜか静かなイメージ。

そして、曲は激しさを増す。

日本語の詩と言う事もあって、心に直接、響いてくる。
色々と、イマジネイションを刺激する。

最後に笑顔で歌い上げる。

腕を下ろし、踏み出した。
四歩目からは、駆け足だ。

深く、考えさせられる詩だと思った。

「言葉を音に乗せて歌う、最後の曲!wordic!!」
シンバル4つ。
3人は飛び上がる。

走り抜ける音の速さに、取り残されない様に身を乗り出す。
サウンドも速ければ、歌も速い。
坂下くんは早口で歌う。
ラップの様であり、でも、違う。

とにかく速い。
3人は、物凄い速さで楽器を演奏している。
だからこそ、楽しそうに笑っている。
だからこそ、観客達は興奮する。
何人もダイブする。
それを下の観客が受け止める、連係プレイ。
体の大きなセキュリティも、少しリズムを取っている様に見える。

「あはは。」

あたしは声に出して笑った。
誰にも聞こえてはいないけど、確かにあたしは笑った。

楽しいから、嬉しいから。

「ありがとうございましたAiR-styleでした〜!!」
観客は拍手と歓声を上げる。
3人は舞台袖へと消えて行った。

「凄い…。」
ユミは汗を掻き、頬を赤く染めて、ステージを見ていた。
「ほんとに楽しそうだよね。」
あたしが言うと、
「うん、あたしも下で一緒になって騒ぎたかったな。」
「あ、あたしも。」
二人で笑った。

じわじわと、アンコールの声が高まる。
アンコールの声で会場が揺れる。

5分程して、3人が出て来た。
観客は盛大なコールで迎える。
坂下くんが、手を挙げた。

目が合った。

坂下くんは笑った。
あたしも、笑った。

「今日はほんとにありがとう。もう太陽は沈んでしまったけど…」

タカシくんはニヤリと笑い、親指で自分の胸を指した。
「いつも心に太陽を…。『心に太陽』!!」
観客が飛び上がる。

坂下くんは歌い上げる。

いつも心に太陽を。
昂る胸に太陽を。
鮮やかに燃える魂の炎。
抑えられない衝動、僕らは歌い続ける。

いつまでも、歌い続けていてほしい。
この夜が終わらないように。

でも、時間は、皆に等しく、平等に流れている訳では無い。
こんなに楽しい時を過ごしているあたし達には、時間はとても早く過ぎ去って行ってしまう。

「リアルラストソング。皆で輪を創りましょう。circle!!」

こうして、あまりにも短い2時間は過ぎて行った。

後に残るのはいつまでも冷める事の無い心と、すぐに冷える汗を含んだ、冷たく、重いTシャツ。

そして、新しい自分。