第十四話

「透ける」

ベースの弦を緩めて、タオルでボディを拭く。
ネックを掴み、持ち上げ、ソフトケースに仕舞う。

この重みが、僕の一部。

トシくんが控え室に入って来る。
「タカシ〜。」
トシくんは呆れている。
「ごめんごめん。」
タカシは笑ってトシくんの肩を叩いた。


ステージに出て、すぐにタカシは言った。
「アレ、やってみよう。」
僕達は笑った。

アレ、とは、ピンクレディーの渚のシンドバッド。
スタジオで練習する合間に遊びでやっていた曲だ。
疲れた時に、渚のシンドバッドをして、息を抜く。
いつしか「アレ」と呼ぶようになった。
今までライブでは一度もやった事無かったが、「いつかやりたい」と話していたんだ。


タカシはピースして、
「何か客の前でたらテンション上がっちゃってさぁ。」
「だったら俺にも教えてくれよ〜。P.A.の気持ちも考えなさ〜い。」
トシくんはタカシを殴る真似をした。
僕とトオルは笑っている。

汗が首を伝う。
タオルで拭き取って、立ち上がる。
ギターケースに入っている携帯を取り出す。
ベースのケースだけど、何故かギターケースって呼んでいる。

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お疲れ様。いや!おつ様!!(笑)
ピンクレディーには驚かされたわ。
今日も片付けあるの?何処で待ってたらいいかな?
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松田のメールを開いたまま、トシくんに声を掛ける。
「今日、片付けとかしなくていいんだったよね?」
「うん、今日はハイスピンの紹介で来てるからスタッフの人がやってくれる。」
ハイスピンとは、今回CDを出すレコード会社。
今日のライブにも、ハイスピンの人が来てたらしい。
ハイスピンの他にも、幾つかレコード会社が見に来てたらしいけど…詳しくは知らない。

「松田さん達待ってるけど、どうする?一回ココ来てもらう?」
タカシは少し悩んで、
「いや、さっさと出よう。10時からで予約してるらしいし。」
近くの居酒屋かなんかだろう。
「わかった。」
僕は言って、濡れたTシャツを脱いだ。
身体を拭いて、替えのTシャツに袖を通すと、少し変な気持ち。
Tシャツがあったかいんだ。

濡れた髪をタオルで拭くと、ぱさぱさしてた。
鏡で見ると、中途半端に立ってて、変な感じだった。
「もう一回立てたら?」
トオルが言う。
「かなァ?」
僕はワックスを出して髪を立てる事にした。

コウキが控え室に入って来た。
「俺、先出てるわ。山下達と合流しとく。」
タカシは宜しくと言って、ギターをケースに仕舞った。
トオルもスネアを仕舞い、ペダルをリュックに押し込んでいた。


準備が整い、外に出ると、街の灯りが、僕を現実に引き戻してくれる。
ああ、楽しかったな…。
そう思う頃には、僕はもう現実に戻っている。

「お疲れ。」
松田は笑顔で駆け寄って来た。
「ありがと。楽しんでくれた?」
「うん。」
「坂下さんカッコ良かったですよ〜?」
高野が親指を立てる。
「やめてよ照れるから。」
僕が言うと、高野は笑った。
本当に照れる。
「坂下聞いて?コウくんの携帯聞いちゃった!」
山下が携帯を見せながら笑う。
「ラブラブだな〜。」
タカシが言うと、
「任しとけよ!」
コウキは親指を立てた。
僕達は笑った。

少し送れてメグミが合流し、僕等は歩き始めた。
ライブハウスの近くにいると、何人かにサインを求められたが、
サインなんて書いた事無かったので、一応名前を書いておいた。

コウキの案内で居酒屋へ向かう。
歩きながら、色々と話した。
ライブの感想は居酒屋に着いてから、とコウキが言ったので、別な事を。

僕とタカシと松田と高野とメグミ。
コウキとトオルと山下とトシくん。
自然と二つのグループで歩いていた。

「高野さんって1つ下なの!?」
タカシが言う。
「あ、ユミでいいですよ?1つ下なんですよ。だからアヤと坂下さんは1つ先輩。」
「へぇ〜…彼氏いんの?」
「直球ですねぇ…。いませんよ〜?」
「マジで〜!?アキ、俺狙って良い?」
僕が返事をする前に、
「いや、聞こえてますから。」
高野が言った。
「ユミちゃん気を付けて〜?タカシくんロマンチストだから。」
メグミが言うと、僕等は笑った。

10分位歩いただろうか、この辺ではよく見かける居酒屋の看板の前で立ち止まる。
「ココ?」
コウキに聞くと、
「うん。10分前だけど別に良いよな?」
時間は午後9時50分。
「大丈夫でしょ。」
トオルが言う。

と言う事で、僕等は居酒屋ののれんを割った。
まぁ、実際のれんなんて無かったけどね。

中は、少し薄暗くて、和風の店内には、細い竹や、掛け軸なんかが飾ってあった。

僕等は奥の団体用の個室に案内された。

思い思いの席に座り、テーブルを囲む。
先に飲み物を注文し、つきだしに箸をつける。

煙草を吸いながら、松田と話す。
「いつからバンドやってるの?」
「高1の時から。AiR-styleは就職してからだね。」

話していると、飲み物が運ばれて来た。
コウキが立ち上がり、グラスを掲げた。
「え〜、今日はおつ様でした!」
イエー、僕等もグラスを掲げる。
「特にエスタの三人!はい、こっち来てこっち来て。」
コウキが手招きし、僕等3人はコウキの隣に立った。
「今日は初めての人もいるからね、自己紹介がてら挨拶してもらおうか。」
コウキが言う。

タカシが一歩前に出る。
「真中崇です。最近夢を見るんです…。」
「どんな?」
コウキが聞く。
「ユミちゃんと付き合う夢〜!!」
イエー!!みんな笑う。
高野は笑って手を横に振っている。
トオルが一歩前に出る。
「中島透です。最近夢を見るんです…。」

ヤバイ。このパターンはヤバイ。

「どんな?」
「メグに抱きしめられる夢〜!!」
イエー!!みんな笑う。
メグミは呆れた顔をしている。
僕は一歩前に出る。
「坂下明です…。」
みんなの視線が集中する。
タカシとトオルとコウキがニヤニヤしている。l
はめられた!!オチを期待している。

「さ、最近夢を見るんです…。」
僕は俯きがちに呟いた。
「どんなぁ?」
コウキはまだニヤニヤしている。
僕は泣き真似をして言った。
「田中に水をあげ過ぎて腐って透ける夢…。」
みんなが笑った。
「お前田中大好きだな〜!!」
タカシが僕の背中を叩く。
「田中ラブです!!」
僕は言う。
「あ、田中って言うのはアキが飼ってるサボテンね。」
コウキが松田達に補足した。
松田達も笑う。
「てか透けるってどう言う事よ〜?」
メグミが言う。
「いや、サボテンって腐ると透けるって最近聞いたんだよ。」
また、笑う。

本当に透けるのかなァ?