第十九話

「芝生」

「今日、何すんの?」
トオルがタカシを見る。
「うーん…。やっぱアルバムの曲中心でしょう。」

カタカタ…トオルのスティックの音が響く。

「別にツアーなんだから基本的に同じ曲順でいいんじゃない?」
僕が言うと、
「毎回同じじゃテンション上がらないし緊張感無いだろ?」
タカシは笑ってそう言うが、結局似たような曲順になっている。

煙草の煙がゆっくりと天井まで昇り、
楽屋全体を包みゆく。

気まぐれに曲順を決める。
何年経っても、僕達のスタイルは変わっていない。

僕はそれを嬉しく思う。


「今日はSUGAR SONGやりたいな。」
僕は呟いた。
「懐かしいね…うん、一発目でいいか?」
タカシは目を閉じて言う。
「ああ、ありがとう。」
素直に御礼。

「思い出すなぁ…あの頃はまだ学校行ってる時だなぁ。」
「うん、僕も仕事してた。」
「ユミと知り合ったのもあの頃か…アヤちゃんとも…お前もいい加減素直になれよ。」
「別に…意地になってる訳じゃないさ。僕もアヤも、少し思い違いしてただけなんだよ。それですれ違うようになったんだ…。」
「お互い正直になって向き合えよ。」
と、トオルが口を挟む。
「トオルはあの頃からメグ一筋だもんな。」
タカシが言うと、
「まぁなぁ…すぐ子供も出来たしな。」
「喜美、元気?」
「ああ、元気過ぎる位だ。」
トオルは嬉しそうに言った。

「AiR-styleの皆さん、そろそろです。」
若いスタッフが顔を出した。
僕達は無言で立ち上がった。





その知らせを聞いたのは、昼休みになってからだった。


僕はいつも通り川辺で煙草をふかしていた。

雨は上がり、芝生も、その下の地面も乾いていた。

久し振りの晴れ。

CDは、もっと他の店を探せば見付かるかも知れないなどと考えたが、
この近くにはあのCDショップより大きい所も、
特別珍しいCDを売っている所も無いのは解っていた。

しかしもうあまり落ち込んでは居なかった。
諦めと言うより、仕方ないと、これからもっと頑張ろうと前向きに考える事が出来るようになった。


「坂下くん。」
振り返ると松田が立って居た。
「ん。」
「どうしたの?考え事?」
言いながら隣に座る。
「まあね。」
「あ、おめでとう。」
「え?」
「CD発売。」
「あぁ…。」
僕は視線を下げた。
「凄いよね、品切れだって。」

品切れ?
「品切れ?」

どう言う事?
「え?知らないの?昨日見に行ったら売り切れてたよ?」
「僕も昨日行ったけど…入荷してないんじゃないの?」
僕は昨日行ったCDショップの名前を出した。
「あたしもそこ行ったけど…そっか、『品切れ』って、レジに書いてあったからね。見て無いでしょ?」
「レジ?見て無かったなぁ。」
「凄い売れ行きみたいだよ。」
松田は自分の事の様に喜んだ。

僕は煙を吐いた。
昨日の落ち込みが馬鹿みたいだ。

安堵と喜びに、力が抜け、芝生に寝転がった。

「ありがとう。」
言うと、
「あたしは何もして無いよ。」
松田は笑って言った。
「僕、入荷して無いんだって思って少し落ち込んでたんだ。」
「だから昨日電話出なかったの?」
「ごめん…電源切ってそのまま寝てたよ。」
「もー…。」
松田は呆れて髪を掻き上げた。

そして少し、真面目な顔をした。
「心配した。」
僕を真っ直ぐ見て呟いた。
「…どうしたの?」
僕は思わず起き上がった。
あまりに真剣な眼差しに、そう尋ねるより他無かった。

「あたしね、気付いた。」
言うとすぐに
「今更だけどね。」
と笑った。
「何?」
僕は解らず問い掛けた。

松田は川の向こう岸を見て言った。
小さな声で、はっきりと…。


「すき。」


「…はっ?」
僕は驚きに聞き返した。
すると松田は立ち上がった。
振り向いて僕を見下ろす。
「もー、2回も言わせないでくれる?」
ゆっくり笑った。
松田はしゃがんで顔を近付けた。
「好きです。だから、付き合って下さい。」
もう一度、はっきりと言った。

僕は言葉を失った。
「えー…?」
頭を抱える。
「やなの?」
「いや…え?マジで?」
「…答えて?」
松田は今にも泣き出しそうな顔をした。

僕は煙草の煙を大きく吸い込み、そしてゆっくり吐き出した。

断る理由なんて見当たらない。

「僕でいいの?」
しつこく聞くと、
「もう、どっちよ?」
「ごめんごめん…お、お願い、します?」
戸惑いながら言うと松田は声を上げて笑った。

「良かったぁ〜。」
芝生に倒れ込む。
「なかなか返事してくれないからもうだめかと思った。」
と僕を睨んだ。
「いや…びっくりして。」
「本当に心臓に悪い。」
そう言いながら松田は立ち上がり、
「これから宜しくお願いします。」
と頭を下げた。
僕も立ち上がり、
「こちらこそ宜しくお願いします。」
と返した。


そのまま日に当たっていると、
「雨、やっと上がったね。」
松田が呟いた。
「そうだね、でも明後日あたりからまた崩れるみたいだよ?」
「そっか…あ、ユミとタカシくんが付き合ったのはさすがに知って…知らないの!?」
言葉の途中から驚愕の表情をする僕を見て松田の方が驚いた。
「知らないよ!?いつから付き合ってんの!?」
言うと、
「昨日からだけどね。」
「昨日かぁ…昨日電源切ってたのが駄目だったな。」

「そうだね、」
松田は笑って、
「だからね、ユミがあんたも頑張れって言ったからね、今日、頑張ってみましたっ。」
と恥ずかしそうに続けた。
僕も笑う。

話を聞くと、なんと告白したのはタカシからでなく、高野からと言う事だそうだ。
それには松田も驚いたようだった。


松田は時計に目をやった。
「そろそろ行こうか。」
「うん。あ、松田さん…今夜御飯食べに行く?」
松田はにっこり微笑んだ。
「うん。嬉しいけど、出来れば下の名前で呼んでほしいかな。」
「…アヤ…って?」
僕は照れながらも、そう呼ぶ事を約束した。
アヤも同じように、僕を下の名前で呼ぶと言った。



仕事中、アヤと何度となく目が合い、その度に僕は照れた。




僕は舞台に立つ。
観客達は既に熱気に渦巻いている。
何のMCも入れずに、一曲目に入る。

SUGAR SONG

名前通り、甘い曲。
僕にとっては甘い思い出。
楽しかった日々と、変化が連続する周りの環境に酔い痴れて居た頃。
透ける様な緑色した芝生。


久し振りに演奏するからか、客は大いに盛り上がった。
前奏を聞いた途端に大きな歓声が上がった。

緊張の波が押し寄せる。
久し振りだから?
それともあの頃を思い出してしまったから?

僕は必死に歌い上げた。
最後の一言を言った瞬間に、僕は観客に向かって拳を突き出していた。

観客の声援は何倍にも高まった。

ふと、足元のオーダーに目を落とす。
そして小さく笑った。

タカシの奴…。

2曲目は『Some Strike』

SUGAR SONGとは逆に、苦い思い出。
チラリとタカシに目をやる。

笑ってる。

僕は忘れる事なんて出来ない、苦いベースラインを奏でた。


僕は精一杯大きな声で叫んだ。

「サムストライク!!」



そして、心の中で、小さく、小さく呟いた。




アヤ、ごめんな。