第二十二話
「課長」
公園のベンチに腰を下ろし、缶ビールを開けた。
缶のふちを軽くぶつけ、呑み始めた。
GONGONは色んな話をしてくれた。
最近見た映画の事、会社を設立しようとした事、
しかしそれが出来なかった事、自分のHPで小説を書いている事…。
僕は、興味深く聞いていた。
GONGONは少し恥ずかしそうに、
「アキくんは、彼女とかいるのかな?」
「え?うん、いるよ?」
「そか、じゃあ、ハッピーライフだね。」
「はは、そうだねー。実は今日、親に会社辞める許可をもらったんだ。」
「そうなんだ。じゃあこれからはライブとかしまくりなの?」
「まずは2枚目のCD出してからだね。」
「2枚目はアルバム?」
「ううん。2枚目もシングル。」
「そか。頑張ってね。」
「うん。GONGONも頑張って。」
「うん。じゃぁそろそろ行ってみようかな。」
「うん。ありがとう。」
携帯の電話番号とメールアドレスを交換して、別れた。
次の日、思い掛け無い事になった。
出勤すると、山下が心配そうに僕に近寄った。
「おはよ…。」
「あ、おはよう。」
「なんか…課長が呼んでるぞ?」
課長が?
「課長が?」
山下はコクリと頷いた。
「ヤバくないか?最近雑誌とかよく出てるだろ?もしかしたら課長の目に入ったのかも…。」
「まさか。課長が音楽雑誌なんか読む訳無いよ。」
「でもさぁ…。」
山下の事は正直嫌いだった。
でも、山下が初めてライブに来てから約1年、よく話すようになり、
今では会社で唯一、気兼ね無く話せる男友達となっていた。
「坂下、」
早速、課長から呼び出された。
山下はなおも心配そうに僕を見る。
アヤと高野はまだ出勤していない。
僕は大丈夫と微笑みかけ、課長室へ入った。
「まぁ座れよ。」
課長は野球好きで、気さくな面もあるが、
社員の教育等には厳しい人だった。
特に怒る時にはなかなかの迫力を見せる。
「失礼します。」
僕は課長の向かい側のソファに腰を下ろした。
茶色い革のソファが軋む。
「坂下、何で呼んだか判るか?」
「いえ…」
「本当に心当たりは無いか?」
課長は人を試す様な話し方をする。
それが癖なのかは知らないが、あまり好きではない。
僕が首を傾げると、
バサッ!
一瞬で悟った。
山下の予想は的中した訳だ。
「これはお前だな?」
課長は雑誌の1ページを指差した。
最近では、たまに大きな写真が掲載される事があった。
その雑誌は確か先月、AiR-style特集と銘打って、
見開き2ページだけの小さな特集を組んだ雑誌だった。
ハッキリと顔の判る写真が載っていた。
「はい。」
「お前にこんな才能があるなんて知らなかったよ。」
「はぁ…。」
「CDも出してるんだってな?」
「はい…。」
「我が社が副業禁止なのは知っているだろう?」
「はい…。」
「じゃぁ何故こんな事をしてるんだ?バレないと思ったか?」
「いや…そう言う訳じゃ…」
「じゃぁどう言う訳だ?」
僕が言葉を無くしていると、課長は続けた。
「趣味でやるのならいくらでも応援する。だがこれは明らかな副業だろう。」
「はい…。」
僕が俯いていると、
「これからどうするつもりだ?」
「え…?」
「会社側としても、このまま見過ごす訳には行かないんだ。
このまま音楽を続けるのなら、首を切らざるを得ない。
音楽を止めるか、もしくは趣味として続け、このまま会社に勤めるか、
それか会社を辞めて音楽を続けるか…なるべく早く決めろ。」
「…いつまでに、ですか?」
「人事課と掛け合ってみるが、5日…長くても1週間が限度だろうな。
なぁ、音楽で食って行くとなると大変だぞ?失敗した奴なんて何人もいる。
俺の友達もプロのミュージシャン目指して頑張ってたけどな…今は実家に帰って家を継いでるよ。
本当に厳しい世界だ。俺も若い頃には夢があった。恥ずかしい話、映画監督になりたくてな。
親と大喧嘩したよ。でも結局、映画じゃぁ食って行けない事が解った。
それでこの会社に入ったんだよ。お前の気持ちはよく解るけどな…。」
僕は考えた。
父との約束は1ヶ月。
しかし猶予は1週間。
僕は、今、人生を選択する別れ道の前に立っている。
僕の前に座っている人物は、
果たして勝者なのか敗者なのか。
いやこの人はどちらでもない。
闘わずして横路に逸れただけだ。
それが悪いとは思わないが。
息を吸った。
少し時期の早い冷房の冷気が喉に沁みた。
「僕は…音楽を続けます。」
課長は目を見開いた。
「会社を辞めるのか?」
僕は力強く頷いた。
「焦って決める事は無いんだぞ?1週間ある。本当に良いのか?」
僕はもう一度、頷いた。
「今まで、お世話になりました。」
僕は深々と御辞儀した。
課長は諦めた様に、呆れた様に、小さく笑った。
「そうか。意志は堅そうだな。もう止めないよ。」
「僕の上司だった事を自慢出来る位、有名になりますよ。」
言うと、
「中途半端は許さんからな。」
課長はハッキリと笑った。
「机やロッカーの片付けは今週中にしろよ?辞表はいい。俺が人事課に言っておく。」
僕はもう一度御辞儀して、課長室を出た。
出社したアヤと高野と、そして山下が、心配そうに顔を上げた。
僕に近寄る。
「どうだった?」
「…辞めるよ。」
僕は笑顔で言い、3人に説明した。
「じゃぁ、今日は呑むか!」
アヤが言った。
「いいね。送別会だね。」
と高野。
「皆も呼んで呑もう。」
山下が言うと、高野は複雑な顔をした。
「アンタいい加減タカシくんと寄り戻しなさいよ。」
「…うん。」
「きっと大丈夫だよ。」
俯いた高野の肩に手を置き、僕は笑い掛けた。
そして、その日の内に全てを片付けようと思った。
僕は同僚に注目されながらも、ロッカーや机を片付け出した。
居酒屋に集まったのは、
僕、アヤ、高野、山下、
トオル、メグミ、コウキ、トシくんだった。
…タカシの姿は無かった。