第三十話

「コピー」


円町に来て居た。
ユミと二人。


「あっ!居た居た!」
ユミが雑踏の中を指差す。
「山下くーん、こっちこっち!」
手を挙げて山下に手招きする。
山下は息を切らせてこちらに駆け寄り、膝に手を付いて言った。
山下が来て、三人となった。
「ごめん、遅れて…。」
「忙しいもんね。はい、チケット。」
買ったばかりのチケットを山下に差し出す。
「整理番号後の方なんですよー?」
ユミが不満気に言った。
当日券なんだから仕方ないのに。
「だからー、今日は客として来たんじゃ無いんだからね?」
「わかってるー。」
尚もユミは不満気なフリをして言った。
「山下くん、ライブ終わったら直ぐにスタッフの人捕まえて本人に逢わせてもらうよ?」
言うと、山下は頷いた。

仕事が長引いて遅れて来た山下はスーツだった。
しかし、スーツの方が後で『shin』のメンバーに逢う時に都合が良いだろう。
説得力のある雰囲気が出る。
「それでは列作りますんで、チケットの整理番号順に並んで下さーい。
まずは100番まで並んで下さい。」
と、スタッフが大きな声で言った。
ライブハウスの周りで思い思いに待って居た客が、
わらわらと列を作り始めた。

本当は開場の1時間前に集合だったのだが、
山下が遅れて来たので、既に開場30分前となっていた。

ユミの言う通り、整理番号が後の方なので、まだ列には並ばない。

「色々調べたけど、『shin』はオリジナルの曲はまだやってないみたいだね。
あれだけの腕なのに勿体無いな。」
息を整えた山下が言った。
「何故カバーだけなんだろう?」
あたしは顎に手を置いた。
「でもカバーだけでこんなに人を集められるってのは凄いね。」
ユミは笑って言った。
確かにその通りだ。
カバーだけで300人のハコをほぼ満員にしている。

スタッフに促され、ようやく列に加わった。

ライブハウスに入ると、チケット代とは別に500円を払い、ドリンクを買う。
200円で買えるミネラルウォーターを選んだ。

中に入ると、ステージのあるフロアは1メートル位、一段低くなっていて、
入口のある後の部分はテーブルやカウンターがあり、
小さなバー・スペースになっていた。

バーのある上のフロアの両端に、ステージ側のフロアに降りる階段があり、
それ以外の段差になっている部分は柵になっている。
ステージを中央に見据える様に、その柵に手を掛けた。
「下に降りようよー。」
ユミがぐずったが、
「だからぁ、客として来たんじゃ無いって言ってるでしょう?」
「でも、観客からの目線で見なきゃわかんない事もあるでしょ?」
「もう…。」
呆れていると、
「まあまあ。高野さんは下で見てても良いんじゃない?
確かに高野さんの言う事も一理あるし。」
「よっしゃあ!」
山下の言葉を聞くなり、ユミは下のフロアへ駆け出した。
「あっ!…もう…山下くん、いつからそんなに優しくなったの?」
確かに、山下は変わった。
入社当時からの、高飛車で傲慢な態度が、今は微塵も見えない。
「俺はいつも優しいけど?」
「冗談でしょ?」
「女性には特にね。」

下のフロアのユミを見ていると、女と言う事を最大限に利用し、
ぐいぐいと前に進んで行った。
最前列にでも行かれると、背の低いユミが潰れてしまわないかと心配になるんだが…。
そう思っていると、調度真ん中の辺りでユミはこちらを振り返った。
あたしは掌を示して、ユミをその場所に落ち着かせた。
「楽しそうだな。」
「全く。ガキなんだから。」
「あと何分位?」
「30分切った位。」
「ライブなんて久し振りなんじゃない?」
「そうだね…最後に行ったのが、アキと付き合う前だからなぁ…。」
「え?じゃあ2年位前じゃない?」
「だって付き合ってる間にAiR-styleのライブ無かったんだもん。」
少し脹れて言うと、
「ごめんごめん。どう?久し振りのライブは?」
「うーん…何て言えば良いのかな…この、空気が好きだな。」
「空気?」
「うん。雰囲気って言うか…うん、空気だな。
色んなシチュエーションで色んな空気があるでしょ?ライブの空気は好き。
…特に、AiR-styleのライブが好きだったな…アキが居たからじゃなくて、
バンドと観客の距離が近かったり、ほんとに皆楽しそうだった。」
「解る気がする。」
「山下くんはライブとかよく行ってたの?」
「あはは。あれから…AiR-styleに出会ってからは、コウキに色んなCD借りて、
気に入ったバンドのライブがあったら手当たり次第行ったよ。」
「最初はスーツで来てた癖に。」
あたしが笑うと、
「それは言わないでくれよ。ほら、今日もスーツだろ?」
と笑った。
「あたしあの時びっくりしたんだから。」
言うと、山下は少し黙り、
「あー…これから当分言われるんだろうなぁ。」
「一生だよ。」
「勘弁してくれよ。」

それから、また色々と雑談していると、会場が急に暗転した。
同時に、歓声が沸き上がった。

3人の男がステージに顔を出した。
『shin』だ。

「まずは1曲目、STAND BY ME。」
ボーカルが言うと、歓声が沸いた。
柔らかいベース音。
独特のあのライン。

「この曲なら皆知ってるから、タイトル言わない方が良いんじゃないかな?」
山下が耳打ちした。
確かに、あたしもそう思ったが、やはりセンスがある。
原曲を忠実にコピーしている。
その技術も侮れない。
ボーカルも上手い、英語の発音が素晴らしい。

下のフロアに目をやると、皆拳を突き出している。

1曲目を終え、MCが入る。
「こんばんわー。shinです!」
歓声が少し遠く聞こえる。
「今日はいっぱい来てくれてありがとう。楽しい夜にしようぜぇー!!」

2曲目はGREEN DAYのBASKET CASEだった。
凄い。
GREEN DAYの世界観を完璧に再現している。
まるでCDを聴いている様だ。

観客の盛り上がりも増す。

3曲目はハイスタの曲。
曲名は忘れたが、少しゆっくりなバラード。

曲順の構成はあまり出来てないな…。

「あっ。」
3曲目が終わると、山下が声を出した。
ユミが戻って来たのだ。
「どうしたの?」
聞くと、
「なんかつまんない。」
「え?」
曲順は別として、曲そのものは良かった筈だ。
詳しく聞こうとしたら、4曲目が始まったので、一旦外に出る事にした。


「まだ3曲しか聴いて無いじゃない。何がつまんないの?」
「んー…やっぱ客として聴いて正解だったわ。あんたはどう思った?」
「あたし?うーん、忠実に再現する技術とセンスが凄いなぁって思ってた。」
「うん。それはあたしも思ったけど…」
「何か気になるの?」
山下がユミを急かした。

「うん。まるでCDみたい、って思った。その技術は凄い。
でも、ライブで弾けるのとは違う気がする。
あたしはGREEN DAYやハイスタを聴きに来たんじゃない。
カバーって言うより、コピー。CDを完璧にコピーしても、
『shin』としてのアイデンティティが感じられない。」

「成程ね。」
「でも、あんたの周りの客は結構盛り上がってたじゃない?」
「うん。周りの子の話聞いてたけど、なんか、コピーを楽しんでるみたいだった。」
「どういう事?」
「どれだけ忠実にコピー出来てるか、原曲の微妙な癖とかを
ちゃんとコピー出来てるのを見付けて、それで興奮してた。
曲と曲の間に『あそこのギターのカッティングが…』
なんて、嬉しそうに語り合ってた。」
「マニアみたいだな…。」
「うーん…。」
あたしが言葉に詰まっていると、
「あんな風に音楽聴いて楽しいのかな?」
ユミが理解出来ない、と言うような顔をした。
「彼等がオリジナルやったらどうかな?」
聞くと、
「それは良いと思う。あんなに凄い技術を自由に使ったら、かなり良い音楽が出来ると思うな。」
「オリジナルやってもらうように頼んでみる?」
山下が言った。
あたしは頷いて、
「イベント的にもオリジナルオンリーだしね。」
「じゃあ戻ろうか。せっかく来たんだし。」

あたし達は再びライブハウスに入った。

それから、Carpenters、ABBA、BUMP OF CHICKEN、BLUE HEARTS等のコピーを見た。
完コピ。
でも、確かにユミの言う通り、アイデンティティが無い様に感じる。

最後のまで見ずに、あたし達はゆっくりと会場を後にした。
ライブハウスの外で少し話をする。

30分位経つと、どうやらライブが終わったらしくぞろぞろと観客が出て来た。


山下がスタッフの一人を捕まえる。
名刺を突き出して言った。

「FRESH SUMMER BERRYの企画責任者の山下と申します。shinの皆さんに逢わせてもらえませんか?」
「えっ!?BERRYの人!?」
スタッフの青年は驚く。あたし達が頷くと、
「ちょっと、待ってて下さい。本人に言って来ます。」
そして、ものの5分もしない内に、青年は戻って来た。
「楽屋に案内します。」



楽屋に入ると、汗でびっしょりになった『shin』の3人があたし達を迎えた。

「こんばんわ。話は聞いてる?」
あたしが言うと、
「はい。この前送ったテープ、聴いてくれたんすか?」
ボーカルの男が言う。
「ええ。それで、今日はライブも見せてもらった。途中までだけど。」
あたしの言葉に、メンバーは少し照れたように笑った。
「それで、FRESH SUMMERには出れるんすか?」
「うん、あたし達はそのつもりで考えてる。」
3人は嬉しさと驚きを表した。
「ただ、FRESH SUMMER BERRYは、オリジナルオンリーなの。
あなた達、オリジナルの曲は持ってる?」
あたしが聞くと、
「え?オリジナルなんてやって無いっすよ?」
ギターの男が平然と応えた。
「オリジナルじゃないと駄目なんすか?」
ボーカルが言う。
「著作権の問題もあるからね、君達はオリジナルはやらないの?」
山下が口を挟んだ。
「オリジナルなんて、つまんないすよ。
自分達で自由に作って、勝手にやるだけなんだから。
俺等はどれだけ本物に近いコピーをするかにこだわってるんです。」
「オリジナルをする気は無いの?」
「そうっすね。」
「そう。」
あたしが話を終えると、ユミが口を出した。
「あんた達、FRESH SUMMERに出たくてにテープ送ってきたんじゃないの?」
「そうっすけど?」
「コピーで出るの?」
「はい。」
ボーカルが真っ直ぐな目でそう言うと、ユミは大きな溜め息をついた。
「せめてカバーとかさ、そう言う考えは無いの?」
「カバーなんて、テンポ速くしたり、曲調変えたりしてるだけじゃないすか。」
「ハッキリ言うわ。今日の、あんた達のライブ、全然面白くなかった。」
「はぁっ!?」
「ちょっと、ユミ!?」
「オリジナリティやアイデンティティって物が欠片も見えなかった。CD聴きに来たんじゃないの。」
「なんだよ!?皆盛り上がってたじゃねぇか!!」
「一部のマニアだけ喜ばせて満足?どうせいっつも同じ客でしょ?」
ユミの言葉に、shinは黙った。思い当たる節があるようだ。
「こちらもあまり時間が無いの。残念だけど他を当たるわ。」
あたしは名刺を出して、ボーカルに渡した。
「だけど、これから、あなた達がオリジナルをやろうと思ったら、言って?あたし達が全力でサポートする。」
「…なんで?」
「何が?」
ボーカルの呟きに、山下が優しく問い掛けた。
「何でコピーの良さを解ってくれないんだよ?何でオリジナルじゃなきゃ認められないんだよ?」
「どれだけ完璧に音をコピーしても、本物の持つ『空気』だけは真似出来ない。」
あたしが言うと、
「俺等に才能が無いって事か?」
「違う。あなた達は、あなた達の『空気』を持ってる。それを信じてるから、その名刺を渡したの。その名刺をただの紙切れにするか、きっかけにするかは、あなた達次第。」
「…俺らのコピーは完璧だ…。誰にも負けない。」
「本物をそっくり真似ても、つまらない。」
「そんな事は無い。カバーなんかより絶対に凄いんだ。」
「あなた達、エスタの曲をコピーしてたよね?」
ボーカルが頷く。
「エスタは、本当に楽しそうに音楽をする。あなた達、音楽楽しい?」
「楽しい?俺達は楽しませる側だぜ?」
「エスタが、カバー曲をやったの、見た事ある?」
shinの3人は首を振った。
「あんなにかっこいいピンクレディー、見た事無かった。」

あたしはあの時の、アキの顔、タカシくんの、トオルくんの顔、観客の顔を思い出していた。

「俺達は、コピーで勝負する。」

shinは結局譲らなかった。

あたし達は、重い体を引きずりながら、家路へついた。

同じ日、同じ円町で、水神のライブがあった事を知った。
そして、そのライブに、アキがゲストで出ていた事も…。