第四十八話
「オフィス」
「ごめん!!山下くんこの書類目ぇ通しといて!!」
あたしは山下に封筒を投げた。
「何これ!?」
「読めば解る!!」
言いながら、あたしは既に別の書類に目を通して居た。
FRESH SUMMER BERRYまで、あと2週間。
それなのに、出演バンドは未だ3つしか決まって居ない。
shin、水神、AiR-styleはまだハイスピンレコードのOKを貰って居ない。
そして、BERRYレコードから、メジャーアーティストが出演すると言うのだ。
しかもこの大事な舞台のトリ。下手なバンドは断ろうと思っているが、上の人間に権力で押し切られかねない。
そこは、山下くんの仕事。
「あんまり飛ばし過ぎないでよ?」
ユミが言った。
土曜の夜は、あれから4人で話し合った。
あたし、ユミ、マナ、シズカ。
あたしの身体は、一体どうしてしまったのか、ショックを受けると、意思に関係なく、失禁してしまう。
こんな自分を厭い、そして恥じた。
アキの事は、どうあっても忘れる事なんて出来ない。
だから、心の奥にしまい込む事にした。あんな事があっては、もう、まともに逢う事は出来ないだろう。
ビジネスとしての面会は、先々どうしても避けられない事だが、プライベイトで逢う事は、
アキにとっても、あたしにとっても辛い事に他ならない。
だから、しまい込んだ。もう、迷うのは嫌だ。怖いのだ。
過去は過去として認め、乗り越え、前に進まなければ。
その為に、あたしは仕事に専念する事にした。
頭の中に仕事を詰め込んで、アキを思い出さない様に。
あの日以来、まともに食事が摂れる様になった。だが逆にミネラルウォーターが飲めなくなってしまった。
あれだけ毛嫌いしていた水道水は、今では貴重な水分補給源だ。
食事で栄養を摂る事が出来ると、身体の調子が良い。
「マナっ!!もう音源は無いの?」
「無いー…もう日輪の目立ったバンドは殆ど音源持って帰ったもん。」
「マジ~?」
あたしは頭を抱える。
「もう、その中から選ぶしか無いよ。今から決めてちゃ間に合わない。」
山下が言う。
「でも、あたしは妥協したくないの。」
と言うあたしの後ろから、シズカが声を掛けた。
「アヤ、レコードの人から電話。」
「何?」
「あのポスターは誰がデザインしたのかって…。」
FRESH SUMMER BERRYのポスターデザインは、メグにお願いした。
「秘密って言っといて!!」
面倒だったのでそう応えると、
「レコードで使いたいって…。」
え?
「え?」
あたしはシズカから受話器を受け取った。
「部長の松田です。」
電話口からは、中年の脂ぎった声が伝わって来た。
「あぁ、BERRYレコードの林です。あのポスターのデザインはどちらにお願いしたの?」
「あのポスターが何か?」
「いえね、デザインがとても素晴らしくてウチで使って見ようと思うんだが…。」
偉そうな態度。レコードの人間はウチを完全に下請けとして見ている。
「あのデザインはウチのスタッフが作った物です。」
「へぇ、『特人』にもそんな人がいたんだ。」
『特人』とは、『特別人事課』の略。
「はい、予算があまり無い物で。」
「それはそうとさ、じゃあその人貸してくれない?」
『使う』だの『貸せ』だの、人間をなんだと思ってるんだろう。
「すいませんが、ウチは人材が足りないもので。」
「そう言わないでよ。変わりにこっちから誰か寄越すからさ。」
あたしは大きく息をついた。
特別人事課のオフィスが静まる。
「ウチは課員同士の結束を大事に考えていますので簡単にそんな事は出来ません失礼します。」
一息に言って、一方的に電話を切った。
すると、オフィスが拍手で包まれた。
「いやー、カッコ良かったですよー。」
情報係長の堤が言った。
「やめてよ堤さん。」
あたしは顔を赤くした。
「でも、ちょっと感動したよ。」
シズカが言う。
ったく。
突然の拍手に反応して、あたしの股間はしっとりと濡れて居た。
まさかこの歳でオムツを穿く事になるとは、思いもしなかった…。
「はいはい、早く仕事して!!もう2週間しかないんだから!!」
特別人事課は、次第に打ち解け合い、まだぎこち無さは残るが、
他の課に比べればとても明るい職場だ。
あたしはメグに電話した。
「あのさ、この前の話だけど…。」
言うと、
「良いよ。家でも出来るんでしょ?」
「本当!?ありがとう!!早速お願いしても良い!?」
「あはは。なになに?」
「ウォーターライトのロゴ作って欲しいんだ。」
「うわ。大役じゃん。」
「頼むよ。期待してる。」
「じゃあ出来たらまた試作送るね。」
「ありがと。楽しみにしてる。」
Water Light Labelを立ち上げ、独立したら、メグには正式に社員になって貰えないかと話して居た。
メグは自宅のパソコンでデザインを作り、ウチに送ってくれるのだ。
本来ならこの場に来て欲しいのだが、育ち盛りの喜美が居るので、それが出来ない。
あたしは電話を切って、
「山下くん、社員一名追加!」
と言った。
「えぇ?あのね、そんな出前じゃないんだから…」
「メグよ。」
「あぁ、メグさんか。解った。」
あたしが席に戻ると、パソコンにメールが届いた。
姉だ。
「なんだろう?」
メールを開く。
@@
よう。仕事頑張ってる?
前にアンタが良いバンド探してるって言ってたけど、まだ探してる?
先週香桃に帰った時、良いバンド見つけたから一曲送るね。
デモ音源はウチにあるから帰りに取りに来な。
@@
『香桃』とは、あたしの実家だ。
お姉ちゃん帰ったんだ…そう思いながら、添付ファイルを開く。
姉はあたしよりも耳が肥えている。
だからこそ、信頼出来る筈だ。
のろのろとプレイヤーが立ち上がる。
シンバル4つ。
ディストーションで歪んだギター。
パワフルなドラム。踊るベース。
「それ誰!?」
ユミが身を乗り出す。
『特人』の全員があたしを見る。
ど真ん中パンク。
学生時代に夢中になって聴いたメロディック・パンクだ。
ころころと流行が変わって行ったが、あたしの青春時代に聴いた曲は、ちょうど、こんな感じだった。
「懐かしい感じだね。」
マナが言った。
「うん。この子達凄い…確かに芽が出るには遅かったかも知れない。今はあまり受け入れる会社も無いんじゃないかな…?」
「どうすんの?」
山下が笑う。
「山下くん、あたし午後から出張ね!!」
「OK~。」
あたしは急いでカバンを持った。
メールは姉のパソコンから。と言うことは、今姉は自宅にいる。
姉の家で音源を手に入れ、直ぐに香桃町に向かおう。
「ねぇっ!!そのバンドの名前は!?」
ユミが叫ぶ。
「アンタもおいで!!一緒に行こう!!」
そう言うと、ユミは慌ててカバンを用意した。
「マナ、インターネットで出来るだけ情報集めて!?」
「わかった!バンドの名前は!?」
「アヤ、バンドの名前!!」
マナとユミに急かされて、ようやく名前を言った。
「FUNK ODD SMITH!!」