第五十一話
「ビキニ」
歓声が聴こえる。
僕等はしっかりと手を組んだ。
「さぁ、行くぞ?」
タカシが笑う。
「おう。」
トオル。
「行こう。」
僕も言う。
会場に『エース』が大音量で流れた。
同時に、歓声は割れんばかりの厚みで、空気を揺らした。
背中の大きなディスプレイに、AiR-styleのロゴが激しく点滅した。
観客達は、僕等の姿を認めると拳を振りかざした。
タカシのギターがクリアに啼く。
今日は三つのサマーフェスの、二つ目。
『FIRE BALL』の会場は、名前通り、炎の球の中にいる様な熱気に渦巻いていた。
「FIRE STARTER!!!」
タカシが叫ぶと、会場もそれに共鳴する。
そして僕は、最初のベースラインを乗せた。
本当はベースから始まる曲だが、今回はアレンジしてギターから始めたのだった。
僕は歌った。
スピードに乗せて、会場中の観客を、僕等のエアに連れて行く。
僕もタカシもトオルも、既に汗だくだ。
それでも、僕等は笑っていた。
曲が終わっても、トオルのドラムは鳴り止まない。
続けて、『Ash』。
タカシのギターの音色が変わった。
直ぐに気付いた観客が、また歓声を上げる。
「灰になるまで!!」
タカシは叫ぶ。
流れるベースラインが、灰になる速度を速めて行く。
続けて前回のアルバムから、『FOOL3』を演奏し、一息つく。
「FIRE BALL!!!」
タカシが会場に呼びかける。会場は勿論、歓声で応える。
それを3度繰り返し、
「いやー、暑いねぇ。」
タカシが僕を見る。
僕は笑顔だけ返す。
「暑いっ!!」
トオルが答える。
トオルはバスドラムを2度鳴らし、続けた。
「でもね、暑いと良い事があるんだよ。」
「何?」
タカシは後ろを向いた。
「見てくれよ。会場を。」
タカシはトオルに促され、前を向く。
「ビキニがいっぱいだぁ。」
トオルの声に、会場中が歓声を上げた。
僕とタカシは笑った。
歓声が止んだ所で、トオルは更に、
「これだから夏はやめらんないよな?男共!!」
と続けた。
またも、会場が歓声で包まれる。
「えー、今日は、嫁と子供が見に来てます!!」
トオルの言葉に、会場は笑いで包まれた。
タカシも笑いながら、
「じゃ、もう少し暑くなろうか。『SomeStrike』!!」
タカシの掛け声を合図に、僕はベースを弾いた。
トオルのシンバルが尖った音で走る。
「おつ様ー。」
楽屋でうな垂れる僕に、ユカがタオルを掛けてくれた。
「つめたっ。」
「ありがたく思えよ?わざわざ凍らしてクーラーボックスで持って来てやったんだから。」
「ありがと。」
ユカは笑った。
「なんかアキぼーっとして無い?」
「そう見える?生まれつきなんだけど。」
僕が言うと、
「いや、それは知ってるんだけど、今日はいつにも増してぼーっとしてるよ?」
と笑った。
「むらっちゃん、良い事言うじゃん。」
タカシが笑った。
「おいおい。ライブはちゃんとやってんだろぉ〜?」
「あぁ、それに付いてはもう文句はねぇよ。」
「びきにってなにー?」
喜美が拙い日本語で僕を見上げた。
「おー、ビキニって言うのはね、お前のお父さんの大好物だよ。」
「おとーさん、びきに、しき?」
「死期?あぁ、好き好き。お父さんはビキニが大好きなんだ。」
僕が言うと、
「テメェ喜美に変な事教えてんじゃねぇよ!」
トオルが言った。
僕等は笑った。
「…考え事してたんだ。」
「え?」
ユカは僕を振り返った。
「今日、また…この前な、日輪でライブやった時にもなったんだけど、物凄く速く、ベースを弾く時があるんだ。」
僕が言うと、
「あぁ、なんかたまに、急にそれやるよな?」
タカシが言った。
「うん。自分の身体が、別の物になったみたいな感覚…まるで時雨に動かされてるみたいな。」
「親父さんが乗り移ったとか?」
トオルが笑う。
「おいおい。怖いって。」
タカシ。
僕は笑って、
「そう言うのとは違うと思うんだよな。何て言うか、指の運びにまるで抵抗が無くなって、恐ろしくスムーズになる感じ。」
「へぇ。確かに、アキがそうなった時、アキのスピードだけじゃなくて、音も、スピード感が出る気がするよな。」
トオルが言うと、タカシも頷く。
「え?音、変わってる?」
「あぁ、気付いてなかったのか?なんか尖った感じになるよ。」
僕はベースの音は低音を重視していて、尖った音は出していなかった。
フットスイッチにしてもディストーションで歪ませるだけで、音域を変える物は無い。
「何でだろう?壊れてんのかな?」
「まぁ、俺達は別に良いけどな。急にやるから驚くけど。」
「そっかぁ…今度楽器屋持って行ってみるよ。」
「ああ。」
すると、楽屋に森さんが入って来た。
「おつ様ー。アキ良かったよ。前回に続いて今日も。ファイナルとは全然違うね。」
ハイスピンレコードの森さんは、笑顔がとても素朴で、いつも僕等を励ましてくれる。
「ファイナルの事は禁句だよー。」
僕は苦笑いした。
「悪い悪い。さぁ、次で今年の夏は最後の仕事だ。FSBも気合入れて頼むよ?」
「勿論。下手なライブしたらユミに怒鳴られるからな。」
タカシが言った。
「僕も。出来るだけの事はするよ。」
僕はしっかりと笑顔で言った。
トオルも無言で笑う。
「FSBは今年初めてのイベントだから、向こうとしても何としても成功させたいと思う。お前等が鍵を握ってるんだよ?」
森さんは言うと、頼んだと言って笑顔で楽屋を後にした。
入れ替わりでメグミが入って来る。
「おつ様〜。トオル、これ。」
メグミはトオルにスポーツドリンクを手渡した。
「ありがと。」
トオルは言って、直ぐに口を付ける。
「おかあさーーん。」
タカシの髭で遊んでいた喜美は、危なげな足取りでメグミの元に駆け寄った。
「おー、喜美、良い子にしてた?」
「おとうさん、びきにがだいすき!!」
何の前触れも無く、突如として喜美は叫んだ。
楽屋が凍り付く。
「誰っ!?喜美にこんな事教えたのっ!?」
メグミが叫んだ。
トオルも、タカシも、ユカも、何も言わず僕を指差した。
僕は苦笑いしか出来なかった。
そこから先は、延々とお説教…。
さぁ、FRESH SUMMER BERRYも頑張りますか!!