第五十三話
「ショータ」
朝はあんなに晴れていたのに…。
午前中は機材や進行の最終チェックに追われた。
その所為か…いや、互いに意識しているからだろう、
アヤとは昨日のステージ以来、話をしていない。
昨日にしたって僕が一方的に、たった一言だけ声を掛けた程度。
「始まるよ?」
ただそれだけの言葉を掛けるのに、自分でも驚くほど勇気が要った。
でも、アヤの楽しそうな顔を見れた事は僕にとって大きな喜びだった。
午前10時。
「あっち〜、もうお客さん並んでるらしいぜ?」
ショータは暑さに顔を歪めながら言った。
「マジで?この炎天下で?」
「ああ、徹夜で並んでる奴もいるって話だよ。こりゃぁ失敗出来ないな。」
「確かに。」
僕等は笑った。
「えぇっ!?」
楽屋の外、廊下で声がした。高野だ。
僕とショータは顔を出した。
「どうしたんだ?」
トオルも気になっている。
僕は『解らない』と、トオルに首を傾げて見せ、高野の様子を伺った。
「ちょっとどう言う事?え?まだ判らない?当たり前よ!!そっちもプロならきちんとして貰うから!!」
高野は誰かに電話を掛けながら眉間に皺を寄せていた。
「何か揉めてるみたい。」
僕はトオルに言った。トオルは怪訝そうな顔をして首を傾げた。
「どうしたの?」
電話を終えた高野に尋ねる。
「あぁ、坂下さん。何でも無い。大丈夫ですよ。」
高野は笑顔を作ったが、何処かぎこちなかった。
午後12時。
「はーいお弁当。」
ユカとメグミが弁当を運んで来てくれた。
「ありがとう。」
言うと、
「まだまだあるんだから、あんた達も手伝ってよ?」
「えぇっ!?」
「全員の分運ぶんだからね。」
「分かったよ。」
僕とトオル、ショータは手分けして、各バンド、スタッフに弁当を運んだ。
「shin〜?これ、お弁当。」
shinの楽屋に顔を出すと、
「えぇっ!?何でアキさんが持って来てくれるんすか!?」
とイツキが驚いた。
「いやぁ、ぼーっとしてたら使われちゃってさ。イチルも気を付けろよ?」
「何で俺に言うんですかっ?」
イチルが言う。
「だってイチルぼーっとしてるだろ?」
言うと、
「アキさん程じゃないっすよ!!」
イチルは頬を膨らませた。
僕等は笑って、また弁当を配った。
「何か曇って来ましたね?少し涼しくなって来たし。」
ユキトが空を見上げた。
「ほんとだ。でもあんまり日が当たると暑いからね。」
僕が言うと、
「それもそうですね。雨さえ降らんかったら。」
「あ…待てよ…?」
僕は思い出して呟いた。ユキトは
「え?」
と僕を覗き込んだ。
「忘れてた…。」
僕は頭を抱えた。
午後14時。
遂に会場の時間となった。
空はまだらな灰色。小雨がパラパラと降り始めた。
「おいテメェ、どうすんだよこの状況!!」
タツヤはショータの首を絞めた。
「ギブギブギブ!!俺の所為じゃねぇだろぉ〜!?」
「お前以外に誰がいるってんだよ!?」
「…客?」
ショータはもう一度首を絞められた。
ショータは、異常な程の雨男なのだ。バンド名の『水神』も、そこから取ったらしい。
「大丈夫?」
丁度廊下を通りがかった倉下に声を掛けた。
「何がですか?」
倉下は仕事とプライベートをハッキリ分けている。
「雨。」
「あぁ、大丈夫ですよこの程度なら。一応用意しておいたレインコートが飛ぶ様に売れてまして、寧ろ良かったですよ。天気予報は『晴れ』って言ってましたから、危うくレインコートは全て処分する所でした。」
倉下の眼鏡が一瞬光った様に見えた。
「それなら良いんだけどさ。」
僕は苦笑いした。僕の後ろでは、『天気予報は晴れ』と言う言葉を聞いたタツヤとケータが、ショータの首をまた絞めていた。
「はい。これ以上酷くなるとさすがに困りますけどね。まぁ開演は4時なんで、大丈夫でしょう。」
何も知らない倉下は、明るく笑い去った。
僕はゆっくりと後ろを振り返り、首を絞められているショータに言った。
「ごめん…これ以上降らせないでくれよ。」
「あっ!!アキ!!お前まで…!!」
普段は大した事無いらしいが、ショータの降水確率は、イベントになるとほぼ100%を記録する。
僕はショータの味方は出来ないなぁ。
午後15時。
僕は窓際に立って、空を見上げていた。
「アキさん…。」
イチルは静かに僕の横に立った。
「大丈夫ですかね…?」
「大丈夫だよ。雨の方が、良い思い出になるって。」
「そうかも知れないですね。」
「shin、二番手だろ?」
「はい。」
「緊張してる?」
「…はい。アキさんは?」
「してるよ。緊張しなライブなんて経験した事無い。」
「そうですか。いつもどうしてるんです?」
「そうだなぁ…色々試したけど、結局最初の一音を鳴らすまで、緊張してるな。」
「あはは。そうは見えないですよ。」
「そう?」
僕等は暫く雨を見ていた。
次第に強くなる雨を見ながら、僕はぽつりと呟いた。
「なぁイチル…知ってるか?」
「何を?」
「この雨な、ショータが降らせてるんだぜ?」
僕が言うと、イチルは吹き出した。
「マジですか!?」
「マジマジ!!アイツスゲェ雨男なんだよ!?だからあいつ等『水神』って言うんだぜ?」
「ちょっと待ってそれマジでウケる!!アキさん本当ですかぁ〜?」
「マジだって!マジマジ!!」
「作ったでしょ〜?」
「いやいやいやいや!!」
僕等は笑った。少しだけ、緊張が解れた気がした。
午後16時。
FRESH SUMMER BERRY
―――――開演―――――
なぁアヤ…こっちでも僕は、この日の事を聞かれるんだよ?
FRESH SUMMER BERRY…この名前のフェスティバルは、たった一回だけだったな。
なぁアヤ…伝説になったこのフェスは…アヤが作ったこのフェスは…
こっちにも語り継がれてるんだ。
なぁ、凄いだろう?