第五十四話
「土砂降り」
舞台袖から見る会場は広く、人で埋め尽くされて居た。
その数約二万五千。
会場を覗くだけで僕は、胸が高鳴ったんだ。
出番直前にストレッチをするFUNK ODD SMITHのメンバー。
「初舞台だろ?緊張して無いか?」
タカシが聞くと、
「こがなデケェ舞台は初めてですわ。ほいでも、緊張よりかは興奮の方がデケェっすね。」
ユキトは笑う。その表情は、それでも少しだけ硬かった。
「そっか。」
僕はユキトの肩を叩いた。そして、
「思いっ切り、楽しんで来いよ?」
と、それだけ言った。
「はいっ!!」
F.O.Sは、三人で手を合わせる。
「おぉっしゃぁ!!全国に俺等の姿を見せちゃろうぜ!!」
ヒロユキ。
「おう!!」
「よーにしわくても泣き事言うなや!?」
ユキト。
「おぉ!!」
「俺等が一発目だけな!!まげに決めるで!!」
コウジ。
「おぉっ!!」
会場で、FUNK ODD SMITHの名前がコールされる。
観客達は一斉に歓声を上げた。
三人は勢い良くステージに飛び出した。
更に大きな歓声が上がる。
「…何言ってるかわかんねぇよ。」
タカシは笑った。
「でも、勢いが良いなぁ。」
「あぁ…。」
ドッドッドッドッドッドッドッ…
ヒロユキがバスドラムを鳴らし始める。
観客はそれに合わせて掛け声を上げる。
「初めまして!!ファンクオッドスミスです!!」
ユキトが叫ぶと、皆一斉に拳を突き出した。
攻撃的に歪んだギターが鳴る。
重みのあるベースで圧迫する。
何て勢いのあるステージ…自然と惹き込まれる。
2曲続けて演奏した後、少しMCが入る。
「いやー、まげに雨が降っとるねー。」
コウジは空を見上げて言った。
観客は笑う。
「あんた等風邪なんかひかんよーに気ぃ付けてね?」
「ほんなら行くで!!」
三曲目も力強い曲。懐かしさすら覚えるメロディック・パンク。
最高に熱の籠もったサウンド。
上手にMCを挟みながら、彼等のステージは続いた。
一曲一曲は短くても、圧倒的なインパクトを残す。
「負けてらんないっすね。」
舞台袖で待機するイチル。
「あぁ。最高のトップバッターだな。」
「後がキツイっすけどね。」
イチルは笑った。
「確かにな。」
僕も。
「ありがとーございましたーっ!!」
FUNK ODD SMITHが帰って来る。
舞台袖に戻って来た途端、全員が倒れた。
「おいおい大丈夫か?」
僕が言うと、
「いやぁ、出し切りましたわ。」
ヒロユキが笑う。
「スゲェ良かったよ。」
タカシが言った。
「いや、でも後ろの方は全然盛り上がって無くて…。」
ユキトが苦笑いする。
「そうだったの?ここからじゃ前の方しか見えなくてさ。」
僕が言うと、
「そう言うのがプレッシャーでしたけど、それより俺等は楽しめました。」
コウジが言った。
「それが一番だよ。」
10分が経ち、機材の準備が整うと、
「shinの皆さん、お願いします!!」
スタッフが声を掛ける。
「どうだ?」
僕はイチルに尋ねた。
「ピークですね。バクバク言ってますよ。」
イチルは心臓に手を当てた。
「そんな緊張、直ぐ忘れるよ。」
僕が笑うと、
「行って来ます。」
shinは円陣を組んだ。
「雨…止まないね。」
タカシに言うと、
「あぁ、こりゃもっと酷くなりそうだな。」
タカシは眩しそうに空を仰いだ。
太陽なんて、出ていないのに。
shinがステージに出て行くと、また歓声が鳴った。
三人がそれぞれポジションにつく。
それぞれ楽器のセッティングが終わり、前を向く。
歓声は次第に小さくなって行く。
「あれ?まだ始めねぇのか?」
タカシ。
shinはまだ演奏を始めない。
歓声はどんどん小さくなり、そして、消えた。
その瞬間…。
雷鳴の様な衝撃が走った。
shinが急に演奏を始めたのだ。
歌も、ギターもベースもドラムも、全部が同時に。
どうやってタイミングを取ったんだ?
僕は自然と笑っていた。
「何が『緊張してる』だよ。やられたなぁ。」
タカシが笑う。
イチルとユウスケが交互に歌う。
shinはメインボーカルは決まっていない。
声も楽器の一つだと、イチルが前に話してくれた。
「俺は、歌を歌う事は『ボーカル』と言うより、『声弦』だと思ってるんです。」
イチルの言いたい事が、やっと解った気がした。
二人で歌い分ける事で、メリハリが生まれる。
パートが生まれる。
雨が激しくなった。
土砂降りと言っても良い。
雨音はshinの音楽に掻き消され、無音で大地に降り注ぐ。
振り向くと、水神のメンバーがいた。
「オイ、どうすんだよこんなに雨降らせやがって。」
タカシは天を指差しながら、ショータに言った。
「だぁから俺の所為じゃねぇって。」
ショータは苦笑い。
演奏が終わると、汗と雨でびしょ濡れになったshinが帰って来た。
「おつ様〜。」
僕等はshinを労った。
「雨、ヤバイっすよ?」
イツキが息を切らせて言った。
「アキさん、ユキトが言ってた事、本当でした。」
イチル。
「え?」
「半分は本当にノリが良いんですけど、後の半分は全然興味無いみたいでしたね。」
「そうなんだ…まぁそう言う時もあるのかな?」
「だと良いんですけど。」
僕は少し不安になって、会場に視線を向けた後、空を見上げた。
雨は、まるでそれが永遠を主張するかの様に、激しく、ただ、激しく。
観客達は土砂降りの雨の中、タオルを頭に乗せたり、雨合羽を被ったりと、
それぞれが雨を避けていた。
「すいませーん!!ちょっと機材が雨でやられたらしくて、水神の皆さんは待機お願いします!!」
僕等は、一斉にショータを睨んだ。