第六十話
「テレビ」
10月の3回目の水曜日。
僕らは新曲のレコーディングをしていた。
「もうちょっとさ、低音下げるよ?それで跳ねる様に。解る?」
須藤はアクリルの窓の向こうで僕を見ずに言った。
「はぁ…。」
僕は違和感のあるベースの音に四苦八苦しながらとにかく弦を弾いた。
『IDENTITY』とそのカップリング、『静言思想』はもうレコーディングを終え、
今録っている曲が最後、『カルニバル』だ。
やはりメジャーレーベルは要求が細かく、僕らは戸惑うばかりだった。
しかし、完成した曲を聴くのが楽しみで何とかそれに耐えている現状。
「あー、だめだめ。もうちょっと滑らかに。」
「滑らかに…ねぇ…。」
僕は口の中で呟きながら、首を傾げた。
「はいオッケー。じゃあ次ボーカル録るから。」
続けて歌うのかぁ。
僕は立ち上がり、ベースを置いて
「ちょっと休憩して来ます。」
とスタジオを出た。
自動販売機の隣のベンチにタカシとトオルがいた。
「よぉ。」
タカシは力なく言った。
僕はあからさまな溜め息をついて、
「いやぁ、やっぱりメジャーは違うのかな?」
「ったく。俺のギター殆どクリアだったぜ?」
「マジで?どんな曲が出来るんだろうね?」
「ほんとだよ。レコーディング次第で変わって来るぜ?特に今回の3曲は。」
「俺、髪染めろって言われたよ。」
トオルが言う。
「あ、僕も。」
僕は苦笑いで答えた。
僕もトオルも、髪は染めずに黒いままだった。
タカシだけは茶色くしているんだが、タカシの場合はその方がしっくり来る。
「俺はギター変えろって言われたよ。レスポールにしろってさ。」
「マジで?それはちょっと困るなぁ。…まぁレスポールがスタンダードなんだろうけど。」
「アキさーん。準備出来ましたー!!」
「あ、はーい。」
僕はスタジオに戻った。
その週の木曜日。Fineの小会議室。
「さて、発売日が決まりましたよ?」
マーシーは嬉しそうに言った。
「つーかさ、本当に大丈夫なの?あのレコーディング。」
タカシの問いに、
「大丈夫だよ。須藤さんはプロだからね。色んな名曲を磨き上げて来た人だよ。」
マーシーは答えた。
「名曲ねぇ…。」
「はい。それで、発売日は?」
トオルが話を進める。
「えー、来月の11日です。」
「11月11日かぁ。何?それは狙ったの?」
僕が聞くと、マーシーは笑顔で
「はい。」
と答えた。
「それで、リリースに先立って、TVの出演が沢山ありますよ。」
「テレビ!?」
僕らは同時に言った。
マーシーは驚いて、
「え?そりゃぁ歌番組なんかに出てもらいますよ?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。俺達はテレビの出演はずっと断って来たんだぜ?」
タカシが言うと、
「まぁ、メジャーアーティストになった訳ですから、これからはメディアに露出して頂きますよ?」
マーシーが答え、僕は頭を抱えた。
「え?その仕事って何とか断れないのかな?」
言うと、
「それは困りますよ。エスタのプロモーションはFineにとっても大事な事ですからね。」
「マジかよ…。」
トオルは遠い目をして呟いた。
僕等はずっとテレビ出演を断り続けていた。
3人とも、別に顔を売る気は無かったし、それよりも、僕らが伝えたいのは音楽だったから。
「ハイスピンから伝えてもらった筈じゃなかった?」
僕が言うと、
「あぁ、ハイスピンの方からエスタのテレビ出演についての話は聞いてるよ。」
片桐が部屋に入って来た。
「片桐さん。」
マーシーは頭を下げた。
「でも、Fine側はAiR-styleの価値に期待してるんだ。君達はもっと有名になるべきだ。」
「別に有名になんてなりたくは無いんですけど…。」
「興味深いね。聞こうか。」
「いえ、僕等は好きな音楽を作って、それを皆に聞いてほしいだけです。必要以上に有名になるつもりはないんです。」
僕が言うと、
「成程ね。しかし、君達はより多くの人にメッセージを届ける義務がある。多くのリスナーが、それを望んでいるんだよ。」
「はぁ…。」
掴み所の無い答えに戸惑う。
「さて、君達はどうしても髪を染める事が嫌だそうだから、その分衣装にお金を掛けたよ。」
「衣装!?」
「ああ。今度の『Music House』で着てもらう衣装だよ。」
Music Houseとは、土曜の夜に放送している有名な歌番組だ。
「衣装って…そんなの要らないですよ。」
タカシが言う。
「君達はもう少しプロとしての自覚を持った方が良い。ローカルバンドと同じ様な安っぽいTシャツでテレビには出れないだろう?」
「まぁまぁ、髪の事は君達の主張を尊重した訳だから、衣装は着てくれよ。」
マーシーが朗らかに笑った。
「じゃ、楽しみにしてるよ。」
片桐はそう言って部屋から出て行った。
「まぁ…君達の言いたい事もわかるよ。でも、メジャーレーベルでの、これは仕事なんだ。今まで見たいに好きな事ばかりは出来ないと思う…生意気かも知れないけど。」
マーシーは遠慮がちに言った。
「うん…解ってる。マーシーの言ってる事は正しいよ。でも…。」
僕の言葉を、タカシが変わりに続けた。
「俺達のスタイルってのを、やっぱり守りたいんだよな…。」
「そっか…僕もなるべく上に掛け合ってみるから。」
「ありがとう、マーシー。」
「マーシーはよしてよ。」
「だから、マーシーはマーシーなの。」
僕等は弱く笑った。