第六十八話

「企画」

「なぁ、どうせ最後だろ?派手に行こうぜ?」
煙を吐きながらタカシが目を輝かせた。
隣ではトオルがむせている。
「何?なんか考えてんの?」
僕が聞くと、タカシは悪戯な子供の様な笑顔を見せた。

その次の週の木曜日、5月最後の木曜日だ。
僕等はFine Musicに呼ばれた。
前々から聞いていた、契約更新の手続きだ。
沈痛な面持ちで僕等を迎えるマネージャーのマーシー。
「どうしたのマーシー?」
タカシが言うと、マーシーは力無い笑みで返した。
きっと、更新は無いんだろう。

直ぐに片桐が部屋に入って来た。
「よく来たね。聞いているだろうが、今日は契約更新についての話だ。」
片桐は手にした書類に一度目を落とし、直ぐにタカシを見た。
「早速で悪いが、こう言う事は早めに言った方が良いだろう。Fine Music側はAiR-styleとの契約は、更新するつもりは無い。」
マーシーが俯いた。
僕等は内心へ依然としていたが、一応顔だけは驚いて見せた。
「そうですか。」
僕が言うと、
「君達の売り上げはどんどん落ちていく一方だ。これ以上の契約更新は無意味であると言うのが、我が社の考えだ。残念だが、これはもう決まった事なんだ。」
「契約期間はいつまでになるんですか?」
元々CD契約だったので、正確な日付は解らない。
「次のライブが最後になる。」
片桐は少し面倒臭そうに言った。
「解りました。」
タカシが言うと、
「これからどうするつもりだ?他のレーベルにでも行くのか?」
片桐は冷たい眼で言った。
僕等は首を振る。
「解散しようと思います。」
「そうか。残念だな。」
心にも無い言葉を残して、片桐は部屋を後にした。

「ごめん…本当にごめんな…?」
マーシーが涙目になって言った。
「良いよマーシー。マーシーの所為じゃない。」
僕が言うと、マーシーは激しく首を振り、
「いいや、俺の力が足りなかったんだ。お前等は本当はもっと凄いバンドなのに…。」
と言い、何度も謝った。
タカシがマーシーの肩に手を置いた。
「マーシー…こんな時に悪いんだけどさ…力を貸してくれないか?」
タカシの言葉に、マーシーは顔を上げた。
「今夜、チームAiR-styleのメンバーを集めて欲しい。片桐の息の掛かってない奴を。」
「何する気…?」
マーシーは僕等三人の顔を順番に見回した。
「最後の花火くらい、好きに上げさせてくれよ。」
トオルはそう言って笑った。
「俺に出来る事なら、何でもする。」
マーシーは涙を拭いて言った。

よし。

その日の午後九時。
僕等は緑区のある居酒屋に集まった。
僕等三人とマーシー、トシくん、ユカ、
スタイリストが三人、ミキサーが一人、P.A.が一人、メンテナンスが一人、
エンジニアの須藤や、スタイリストのレミなど、片桐の息の掛かった人物は来ていない。
「ねぇ、あたしもう関係無いんだけど。」
久し振りに逢ったユカは、少し痩せていた。
「そう言うなよ。俺達の最後なんだ、協力してくれよ。」
タカシが言うと、
「最後!?どう言う事!?」
チーム全体が騒然とした。
「来月のライブを最後に、AiR-styleは解散する。」
タカシははっきりと言った。
「ちょっと待ってよ!!あんた達はそれで良いの!?」
ユカが僕を見る。僕は笑顔で頷いた。
「…何やらかす気なんだ?」
トシくんは少し楽しそうに言った。
「さすがトシくん。解ってるね。みんな、ライブの資料は持ってるよな?」
タカシがみんなに言う。みんなは頷いた。
「ここにもう一つ、資料がある。」
タカシが言うと、マーシーがみんなにそれを配る。
僕等三人で初めから作り直した『企画書』だ。
「ライブ直前までは普通に仕事してくれ。今までの資料で。でも、ライブが始まったらそれは全部忘れて、今、手に持ってる資料で進める。」
タカシが言う。
「つまり、俺達のライブを、俺達で乗っ取るんだ。」
トオルが笑う。
「楽しいと思わない?」
僕も笑った。

「ちょっ…これ、マジ?」
企画書に目を通しながらユカが言った。
他のメンバーも驚きの声を上げる。
トシくんは大きな声で笑った。
「バカだな。お前等やっぱりバカだ。」
「ほんっと。何考えてんの?」
ユカも笑う。
「Fineに対する宣戦布告ですよ?」
P.A.の秋元が言った。
「契約違反で訴えられるかも。」
スタイリストの長見が言った。

「大丈夫。今まで無いくらい盛り上げちゃえば良いんだよ。そしたらFineも下手に文句言えない。」
僕の言葉に、みんなは一斉に笑った。
「何処までも着いて行きますよ。」
「本番、マジで楽しみです。」
「キメちゃって下さい。」
口々に僕等を励ます言葉。
「ライブまで2週間も無い。成るべく準備急いでくれ。あと、絶対にバレないように。」
タカシの言葉で解散した。

僕等三人とトシくん、ユカだけが居酒屋に残り、少し話をしていた。
「なぁ、この企画はマジで最高なんだけどさ、『エース』…本当に良いのか?」
トシくんが言う。
僕は小さく笑って、
「良いんだよ。このアイデアは僕が出したんだから。」
「でもさ、アヤちゃんの事…良いのか?」
タカシが心配そうに僕を見る。
「大丈夫。誰も気付かないよ。アヤも。ユウスケも。気付かれたくないしね。」
「…このアイデアは本当に良いと思う。まぁ、あんな速い歌なんだからさ、みんな解らないよ。演出としては譲れない部分だし。」
トオルが言った。
「そうだね。エスパーでもない限り。」
ユカが言うと、僕等は笑った。
「…『エース』か…よく考えたよね。」
トシくん。
「ありがと。」
僕は笑いながらウイスキーを飲み干した。


準備は思ったより忙しくて、時間はあっという間に過ぎて行った。
『忙しい』と言う事すら悟られてはいけないので、みんな苦労していた。

ライブ前日の事だ。
僕はまた、片桐に呼び出された。
僕一人で。

片桐は僕の嫌いなグレーのスーツで待っていた。
「何ですか?」
僕が聞くと、
「そう怖い顔をしないでくれよ。…明日で解散だね。」
「はい。」
「解散したら、君はどうするんだ?」
「さあ。決めてません。実家に帰って暫くのんびりしますよ。」
僕が言うと、片桐は鼻で笑った。
「そんな年寄り臭い事言うなよ。」
「はあ。」
「君に、良い話があるんだが。」
「は?」
片桐は冷たい眼で僕を見た。

「ソロデビューしないか?」

「え?」
「君の歌唱力は高く買っている。私の言う通りにすれば、きっとまた売れる筈だ。」
「興味無いですね。」
僕は片桐から目を逸らした。
「興味無いのか?ソロデビュー…良い話じゃないか。何ならベテランのバックバンドを付けても良い。」
「興味が無いのは、売れる事ですよ。」
「何?」
片桐の顔が少し歪んだ。
「売れた所で、自分の好きな事が出来ないなら音楽やってる意味無いですから。」
片桐はまた、鼻で笑う。
「ガキの考えだな。」
「ガキっすよ。」
僕は母の言葉を思い返した。
「僕は、いつになっても変わらない。」
「本当に、ソロでやる気は無いんだな?」
「ああ。」
僕は頷いた。
「下手な生き方をする奴等だ。」
そう言うと、片桐は僕に背を向けた。
「これで契約は切れた。私の言う通りにしていれば、こんな事にはならなかったのに…。」
片桐は僕等を鼻で笑った。
「明日のライブで僕等は、解散する。」
街のネオンを見下ろす部屋は、いつ来ても居心地が悪い。
遥か下に、様々な色で瞬くネオンサインを僕は哀れんだ。
「AiR-styleにもう商品価値は無い。好きにしたらいい。」
「ああ。」
僕は片桐に背を向けた。
「なあ、あんたにとって『音楽』って何だ?」
僕が聞くと、
「機能だよ。」
片桐は言った。
「機能?」
「アーティストと言う商品を売る。客は音楽と言う機能を楽しむ。それだけだ。」
「結局何が言いたいんだ?」
「売れなければ意味が無いって事だ。金が全てとは言わないが、最もよく解る数値が金だろう。」
僕は声を出さずに笑った。
「やっぱりあんたとは合わないよ。僕らは。」
僕は静かにドアを閉めた。

廊下でマーシーと擦れ違った。
マーシーに手を振る。
「おつ様。」
マーシーは疲れているのか、その笑顔に気力は感じられなかった。

明日…明日が本番なんだ。
明日が、最後なんだな…。