第七十九話
「光へ…」
太陽公園、通称『サンパーク』。
去年とは違って、草原のスペースを全て開放してある。
収容人数は1万5千人。チケットは完売。
会場の周りにある小高い丘の上にも、地元の学生だろうか、
何十人も登って会場を見下ろしていた。
「晴れたなぁ。」
タカシがぽつりと言った。
「珍しい事もあるもんね。」
高野が言った。
「ほんっと、雨でも降るんじゃない?」
メグミが言った。
「結局降るのかよ。」
トオルが笑った。
「今年は機材も完全防水対策して、スペアだって良い物揃えたのに。」
アヤが言った。
「雨、降って欲しいの?」
僕が言った。
皆、笑った。
今日は『SUN SHOWER ROCK FES. 18』、1日目。
脅威の雨男、ショータの力を以ってしても、僕等や1万5千人以上の観客の熱気を濡らす事は出来なかったらしい。
「今、何処が演ってんの?」
タカシ。
「えーっと…『THE NEAT BOYS』だね。」
トオルはスケジュールを見ながら言った。
「へぇ、僕結構好きなんだよね。」
僕が言うと、
「そう?何か統一感無い感じ。」
とメグミが言った。
「まだ、そんな感じで良いんじゃない?ゆっくり自分達のスタイルを見つけて行けば。」
「成程ね。」
「俺、午後の『後藤雪音』が見たいんだよなぁ。」
タカシの言葉に高野は少しムッとした。
「何か愛想悪くない?この人。」
「あの人は愛想が悪いんじゃなくて、元々大人しい人なんだよ。」
アヤが高野に言うと、高野は少し安心した顔になった。
姉妹みたいだ。
『サンシャワー』が始まって、会場は常に熱気に包まれていた。
楽屋にまで歓声が届く。
「さて…。」
と、アヤが立ち上がった。
「どうしたの?」
僕が言うと、
「ここで、あんた達にプレゼント。…メグ。」
と、メグミを促す。
メグミは立ち上がり、紙袋を一つ、僕等の前に置いた。
「何これ?」
タカシが言う。
「見て?」
高野。
僕等は紙袋の中の物を取り出した。
Tシャツに、ステッカーだ。
新しい、AiR-styleのロゴ。
「…これは?」
僕が聞くと、アヤが答えた。
「あんた達がFineに居る頃から、内緒でメグに作ってもらってたんだ。新しいロゴ。ウチに移籍した時の為にね。」
「メグ…。」
トオルも、僕等もメグミを見た。
メグミは照れ臭そうに笑った。
「本当はね、エスタが解散するって時に作るのやめようと思ったんだけど、どうせ作り始めたなら最後まで仕上げようと思って…でも、無駄にならなくて良かった。」
「ありがとう。」
僕等は力強く言った。
「ディスプレイにもこのロゴがでっかく映るからね!!」
高野。
楽屋にshinのベーシスト、イチルと、WaterLightの浅見が入って来た。
「イチル、マナ。どうしたの?」
アヤが二人に言った。
イチルは居心地悪そうな顔をしている。
「どうした?」
僕が聞く。
「まさか、付き合うって言う報告~?」
と、高野が二人を茶化した。
しかし、その言葉を聞いた二人は顔が真っ赤になって、俯いてしまった。
「マジでっ!?」
アヤが叫ぶ。
「…はい。」
イチルは小さな声で言った。
「おめでとう。」
メグミ。
「な、イチル。お前今日ステージで『マナ愛してる』って言えよ。」
タカシが笑う。
「無理無理無理無理!!絶対無理ですって!!」
僕等も笑った。
そうこうしてる内に、FUNK ODD SMITHの出番が回って来た。
「あんた等、頑張りなさいよ?」
アヤが言う。
「任しとけって。俺等で客全部疲れさせちゃる!!」
ユキトが笑った。
「そうそう。もう疲れてこの後立てんぐらいにね!!」
コウジ。
「んじゃ、やらかしてくるわぁ。」
ヒロユキ。
3人はステージへと飛び出した。
歓声が巻き上がる。
「アキさん…。」
ぽつりと、ユウスケが僕の名を呼んだ。
「アヤを、幸せに出来ますか?」
歓声の隙間から、小さな声で僕だけに言う。
「解らないよ。」
僕は言った。
ユウスケは僕を睨んだ。
僕はその視線を頬で感じながら、続けた。
「僕は『お前を幸せにしてやる』何て偉そうな事も言えないし、『幸せ』を押し付ける事もしたくない。たまに、ふとした時に、アヤが少しだけ感じてくれれば良い。今日みたいに良く晴れた時や、部屋で珈琲を飲んでる時、そんな何でも無い瞬間に、『ああ、幸せだな。』って。それだけで良いんだ。そして、その為なら僕はどんな努力も惜しまない。」
シンバル4つ。
FUNK ODD SMITHの演奏が始まった。
ユウスケは僕に会釈して、楽屋へと帰って行った。
僕は暫く、F.O.Sの演奏を見ていたんだ。
僕等の出番は、あっと言う間にやって来た。
shinの綺麗な演奏に会場は飛び上がって叫んでいたし、
水神の唸るドラムンベースに観客達は身体を揺らした。
「よっし、本日のラスト、いってらっしゃい。」
高野が言った。
「失敗したら打ち上げはエスタのオゴリだからね?」
メグミ。
「思いっ切り、楽しんで?」
アヤ。
僕等は頷いた。
3人で肩を組む。
「さあぁ、AiR-style。準備は良いか?」
タカシの言葉に僕等は頷く。
「WaterLight Label移籍後、初ライブだ。出足好調で終わろうぜ?」
「おう。」
「お前等と、音楽やれて本当に良かったよ。」
「タカシぃ、何か今日で最後みたいな言い方だな?」
トオルの言葉に笑う。
トオルは続けた。
「思いっ切り楽しもうじゃないか。」
「ああ。」
「さて、アキくん、纏めてくれる?」
タカシが言った。僕は笑って、
「そうだな…」
一度だけアヤの顔を見た。
アヤと目が合い、笑い合う。
「アヤが言ってたんだ…『AiR-styleは一つの時代だ』って。」
「おー。」
タカシが感嘆の声を上げる。
「時代にはそれぞれ『文化』や『風潮』がある。そう言う物を作り続けて行こうよ。」
僕の言葉が終わると、3人は黙って互いの顔を見合った。
「…行くか。」
「おう!」
僕等はでたらめに光るステージへと駆け出した。
沢山の歓声と、目映い光が隙間無く僕等を包む…そんな気がした。
ここが僕等の居場所。この空気が、また僕等を迎えてくれたんだ。
僕はこの日を忘れた事は無いよ。
AiR-styleが、また走り出した日。
ねぇ、アヤ?
ミナやジュンは元気?
僕はこっちでも走り続けてるよ。
大きな光の中で。
「出来立ての新曲をどうぞ…………」
アヤ。
こっちに来てからよく考えるんだ。
僕の生まれた意味。
音楽をする為?アヤに出逢う為?
ううん…きっと、僕はアヤに音楽を届ける為に生まれて来たんだ。
雨が降ったら、少しで良い。空を見上げてくれる?
僕がまた、君に音を送るから。
アヤ。
本当にありがとう。
僕等に自由を。
僕に勇気を。
そして、また音楽に触れる喜びを。
ありがとう。
「…………『FEELING ATMOSPHERE』……。」