最終話

「新時代」

音も無く降る雨を、窓越しに眺めた。
また、雨の季節が来るんだな…。

アキが亡くなってから、14年の月日が流れた。
あたしはアキの遺影にかかった埃を拭った。
「アキはいつまで経っても若いままだね。」
と笑う。
あたしは今月で43歳。
三十路なんて遠い昔の話で、もう四十路も越えてしまった。
アキは卑怯だな。
三十路を迎えたあたしを見た癖に、自分は直前で逝ってしまうなんて。

アキの隣に居る田中に霧吹きをかけ、アキの前に正座し、お線香を焚いた。
黒檀のりん棒でりんを鳴らすと、辺りの空気が引き締まる様だった。
両手を揃えて合わせ、目を閉じる。
目蓋の裏には今も、アキの姿が鮮明に甦る。

暫しアキの思い出に心身を委ねた後、ゆっくりと目を開いた。

アキ、そっちはどう?
アキは時雨を持って行かないって言ったけど、本当に良かったの?
時雨より良いベースはあったかな?
お義父さんに逢えた?
お義母さん…まだ怒ってるみたい。
「あたしの愛した男は皆あたしより先に逝く。」
だって。
アキは、『生』を凄い速さで駆け抜けて行ったね。
逝く前に「後悔してない」なんて言うから、あたしも後悔なんて出来ないじゃない。

一番最初の『SUN SHOWER FES.』から、もう直ぐ19年経つんだよ?
アキがWaterLight Labelに移籍して初めてのイベント。
懐かしいな。
『SUN SHOWER FES. 18』の二日目だったね。
AiR-styleがまた伝説を作ったのは。
あの時はB-DASHがゲストで来てくれたんだっけ。
あの時、あたしは涙でアキの姿がよく見えなかった。
それは今も同じ。
あの時の映像を見ても、あたしは泣いちゃうんだ。
と言うより、動いてるアキを見るとだめだね。
涙、止まらなくなる。
そろそろしっかりしなきゃ。

皆は、それぞれしっかりしてるんだよ?
タカシくんとユミは、今アメリカに住んでる。
タカシくん今では世界的に有名なギタリストなんだよ?
トオルくんとメグは今もWaterLightで働いてくれてる。

ユウスケは今もよくテレビで見るよ。
イツキは音楽プロデューサーになったんだって。
どんな仕事?
イチルはマナと結婚して今は単身赴任。
イチルもよく見るなぁ。
…あ、テレビでね?

ショータくんはHIPHOPのプロデューサー。
ウチのレーベルで若い子の面倒見てくれてる。
今も雨降らせてるよ。
タツヤくんとケータくんにもお世話になってる。
特にイベントの時なんかね。

FUNK ODD SMITHの3人、
ユキト、コウジ、ヒロユキは、まだ3人で音源出してる。
音楽業界でも結構ベテランになって来たよ。

結局あなたが連れて来た『チームAiR-style』も、
皆ウチのレーベルで頑張ってくれてる。
トシくんも、ユカも。

山下も頼りになるなぁ。
多分彼が居なかったら今のWaterLightは無かったから。
顔に似合わず強気なビジネスするんだよ?知ってた?
そうそう。
山下とシズカ、いつの間にか付き合っててビックリしたよ。
アキがそっちに行った次の年には結婚したんだよ?


「長いっ!!」
突然背後から声がした。
あたしはビクッと肩をすくめた。
「み、瑞穂さん!?」
咄嗟に出た言葉に、瑞穂さんは眉をひそめた。
「どうしたの?久し振りに名前で呼ぶなんて。」
あ…。
あたしは口に手を当てた。
「お、お義母さんが脅かすからだよっ。もう。」
お義母さんは明るい声で笑った。
「ごめんごめん。アヤがあんまり長く手を合わせてるからさ。」
「ビックリしたよ、も〜。」

お義母さんと話していると、家の奥から漏れる騒音に気付いた。

「もう、あの子等はまた…。」
あたしが漏らすと瑞穂さんは、
「誰に似たんだか。」
と、ふふっと笑った。

あたしは家の奥にあるスタジオの重い扉を勢いよく開いた。

「水奈っ!!潤!!喜美っ!!!」

「うわっ!!」
3人は一斉に演奏を止めた。
「音漏れてるじゃない!ちゃんと閉めてよね!何の為の防音なんだか…。」
「ごめーん、アヤさん。」
喜美は手に持ったスティックで自分の頭を掻いた。
「喜美ぃ、あんた一番年上なんだからちゃんとしなさいよ?」
「はーい。」
「わかったから母さんもう行ってよ。」
潤が恥ずかしそうにあたしの背中を押した。
「何?あたしには聴かせられないの?」
「恥ずかしいじゃん!」
「何〜?ちょっと聴かせてみなさいよ?これでもレコード会社の社長なんだからね?」

「潤、母さん相手に恥ずかしがってちゃダメだって。」
水奈が落ち着いた口調で言った。
「そうそう。あたしで恥ずかしいんじゃお客さんには聴かせられないよ?」
あたしは笑った。

「じゃ、一曲やったら行ってね?」
水奈が言う。
「はいはい。」
この落ち着きっぷりは、絶対アキ譲りだわ。

あたしは目を細めて3人を見た。
スタジオや楽屋をチョロチョロしてた喜美が、今は立派に大人。
可愛くて生意気な双子は、今年で17歳。

水奈は、性格は勿論身体つきも大人びて来た。
長い黒髪は汗で頬に張り付いている。
アキの遺した時雨を下げた水奈は、
いつか見たエスタのライブ、『無限』の『アミ』を思い出す。

潤は、まだまだ危なっかしくて発展途上。
でもね、日に日に男らしくなって行くんだ。
ギターを弾く指なんて、以前触ったら凄く硬かった。
たまにアキと重なってドキッとするんだけど、これは潤には秘密。

喜美がシンバルを鳴らした。
あたしの目の前で、次の『時代』が始まって行く…。

アキ…そっちはどう?
この子達の『音楽』が聴こえてる?
…きっと聴こえてるね。
この雨だって、きっとアキと繋がってる。

そうでしょ?アキ。


あの日…アキと『お別れ』しなきゃいけなくなった日、
どうしても言えなかった言葉、
今なら言えるよ?

この言葉を言ったら、もう完全にお別れ何だって思うと言えなかった。
アキと離れるなんて、信じたくなかった。
でも、違うよね。これは区切り。
頑張って来たあなたへの労い。




アキ………おつ様!!!